中国法入門
田中信行研究室
中国法について知ろう
司法改革の課題
1.審理する者は裁かず
司法改革にはいろいろな課題がありますが、2013年11月の3中全会で採択された、「改革を全面的に深化させるいくつかの重大問題についての決定」が提起した課題のなかで、もっとも重要な位置を占めると考えられるのは、「裁判の独立」にかかわる問題です。
中国的裁判の独立で説明したとおり、現状が「審理する者は裁かず、裁く者は審理せず」という状況に陥っているのは、判決の事前審査制度が存在しているため、裁判に対する干渉や介入が、さまざまな回路を通しておこなわれているからにほかなりません。
独立した公正な裁判を実現するには、ひとまずこの状況から脱却し、「審理する者が裁く」ことのできる条件をつくりださなければなりません。 そのためには何が必要なのでしょうか?
2.裁判委員会制度の改革
外部からの干渉を排して裁判をおこなうための最低の条件は、判決の事前審査制度を廃止することでしょう。
この制度が今日まで維持されてきた理由は、党の指導を確保することのほかに、裁判官の水準が低いという中国特有の事情がありました。しかし、大学教育が普及したことにより事情は大きく変化し、優秀な若い裁判官が増える一方で、水準の低い古手の幹部が管理職を占める、というような逆転現象も生まれています。あまり水準の高くない院長、廷長などが判決を審査することは、むしろ裁判の水準を維持するうえでは役に立っていない、といえるかもしれません。
そこで今回の改革では、この判決事前審査制度を基本的に廃止し、担当裁判官が判決まで責任をもって裁判をおこなう制度の定着が目指されています。そのため、従来は事件の重要度に応じて、廷長、院長、裁判委員会などが判決を審査していましたが、これからはそのような重要な事件については、廷長、院長、裁判委員会が直接裁判を担当することになるようです。
廷長、院長はともかく、裁判委員会はこれまで、みずから裁判を担当することはありませんでしたので、この制度が確立すれば、画期的な改革といえるでしょう。
3.政法委員会の改革
しかし、これだけで裁判の独立性が確保できるわけではありません。法院に対しては、「党の指導」を名目に、外部からさまざまな圧力がかかっているからです。
まず、その「党の指導」ですが、法院と検察院に対しては、他の国家機関とは異なり、同級の地方党委員会が指導をおこなうことになっています。(中国の国家機構には“なぜ”ズレがあるのでしょう) この仕組みが、中国の司法に、地方保護主義という独特の問題をもたらす元凶となっています。
地方党委員会のなかで、公安、検察、法院などの司法関係機関を指導しているのが、政法委員会です。
2000年代になってから、 中国の司法が腐敗を深めた一因は、政法委員会書記と公安機関責任者の兼任体制が普及したため、公安に権力が集中し、検察と法院によるチェックが機能しなくなったことにある、と指摘されています。
政法委員会については、すでに2012年の党大会を機にその改革が始められていますが、上記「決定」は、さらなる解決に着手するため、省級以下の検察、法院を、省党委員会の指導のもとに統一する、という方針を示しています。つまり、地区級党委員会以下、中級人民法院以下の場合は、当該地方党委員会が指導するのではなく、省党委員会が統一的に指導する体制の構築が目指されているわけです。
言い換えれば、省級党委員会と高級人民法院のレベルでは、従来通りの地方分権体制が維持されることになるわけですが、各省内では基本的に地方保護主義が解消されることになるはずです。中途半端といえばそれまでですが、段階的に改革を進める、ということだと理解しておきたいと思います。
これに合わせて、裁判管轄の問題も提起されており、地方行政区に合わせて定められている管轄制度を、そこから切り離して運用する制度に改めるそうです。
この問題については、すでに異地審判の原則などが試行されていますが、新しい管轄制度がどのような内容のものになるか、注目されるところです。
中国における「裁判の独立」ついて、常に問題になるのは、党による関与、介入は排除すべきだが、党による指導は絶対に守らなければならない、という原則です。
関与、介入と指導とを、実際にどのように区分けし、関与、介入だけを排除することができるか、という問題は、おそらく論理的には可能であっても、実践は不可能に近い課題ではないでしょうか。
【参考文献】
田中信行「中国の司法改革に立ちはだかる厚い壁」(<特集>中国の法律事情) 中国研究月報61(4), 23-40 ,20070425 CiNii PDF
人民大会堂大会議場で開催される全国人民代表大会
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