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                                   中国的裁判の独立

 

 

 

 

1.三権分立の否定

 裁判が公正、中立におこなわれるためには、裁判活動に対する外からの圧力や干渉が加わらないよう、これらを排除しうるシステムが用意されていなければなりません。そのため、近代的な法治国家においてこのシステムは、三権分立制度のもとでの司法権の独立として構成されるようになり、裁判所は他の国家機関から相対的に独立した地位を与えられています。

 社会主義国の場合は、中央集権的な民主主義制度(=民主集中制)が採用されているため、権力の分立は否定され、司法権の独立は存在しません。たとえば中国の場合、すべての国家権力は全国人民代表大会に集約されており、全国人民代表大会は最高国家権力機関と位置づけられています。

 しかし、裁判の公正、中立を保障する必要性は、社会主義国においても同じですので、権力の分立に似た機関分業体制が採用されています。したがって、細かくいえば司法権の独立とはやや内容を異にするとはいえ、ほぼそれに照応する「裁判機関の独立」が、社会主義国においても共通する基本的な国家原則として用意されているわけです。

 

2.人民法院の独立

 ただし社会主義国の場合は、一党独裁体制をとる党による指導という原則が同時に存在しているため、社会主義国の裁判は、現実には裁判機関の独立性と党による指導への従属性という互いに相反する属性の、微妙なバランスのうえに成り立っていることになります。

 中国で裁判機関の独立が制度上はじめて導入されたのは、1954年の「人民法院(裁判所)組織法」によってですが、同法第4条は、「人民法院は独立して裁判をおこない、法律にのみしたがう」と規定していました。ですがこの規定は、ソ連ほか、ソ連にならった東欧の多くの国の、裁判機関の独立性を規定する制度とは、いささか異なる内容を含んでいたのです。ソ連では、1936年に制定されたいわゆるスターリン憲法第 112条が、「裁判官は独立であって、法律にのみしたがう」と規定していました。両者を比べて明らかなように、ソ連型の基本原則が「裁判官の独立」を規定しているのに対し、中国では「人民法院の独立」を規定している、という違いがあります。戦後に成立した社会主義国のなかで中国と同じような規定をしていた国としては、数は少ないですが、アルバニア、朝鮮、ベトナムなどをあげることができます。

 「裁判官の独立」と「人民法院の独立」との違いは、原則的な問題とまでは言えないかもしれませんが、けっして無視できる差異というにわけにはいかないでしょう。ちなみに、中国では1954年の「人民法院組織法」制定当時、ソ連から派遣されていた法律顧問らが中心になって、ソ連と同様の「裁判官の独立」を規定すべきであるという意見も主張されたのですが、結局その意見は採用されませんでした。なぜそのような結論になったかについては、裁判業務全体の水準が低いための過渡的な対応であるとの説明が、公式にはなされています。中国では建国まで、戦争と内戦による混乱が長く続いたせいで、裁判官として必要な法的知識を身につけた人材がほとんど育っていなかったのです。

 かりにこの理由がすべてだとすれば、裁判官として優秀な人材が確保されるようになれば、「人民法院の独立」という規定は改められ、「裁判官の独立」という規定にとってかわられることになるはずです。 ただしじっさいにはその後、1979年に「人民法院組織法」が改正されたさいにも、そして明らかに業務水準が飛躍的に向上したと認められる現在に至っても、なおこの規定は改められていません。

 それはいうまでもなく、「裁判官の独立」を実現できない理由が、他に存在しているからにほかなりません。

 

3.判決の事前審査制度

 中国の裁判制度が、「裁判官の独立」ではなく「人民法院の独立」を採用しているのは、集団的指導体制を原則としているためです。つまり、裁判は裁判官個人が行うものではなく、基本的には裁判所全体で行うものだという考え方があるわけです。そのため、「裁判官の独立」ではありえない、判決の事前審査制度というものが、いくつか用意され、実行されています。以下、その概略を説明します。

 

[裁判委員会制度]

  各人民法院には、裁判委員会が設置されています。法院内部は刑事裁判廷、民事裁判廷など、いくつかの裁判廷によって構成されていますが、これら裁判廷の廷長や院長、副院長など、人民法院の指導的幹部が裁判委員会の構成メンバーとなっています。

  裁判委員会は法院全体の活動や管理業務を指揮するほか、具体的な個々の裁判に対する指導も行います。

  人民法院の裁判は、軽微な第一審事件が単独の裁判員によって審理される以外、すべて複数の裁判要員(裁判官および人民参審員)による合議体(以下、これを合議廷と呼ぶ)によっておこなわれます。判決の決定にあたる合議廷の評議においては、多数決の原則が採用されていますが、重大な事件または疑義のある事件については、合議廷による判決の決定前に、院長は独自の判断で、裁判委員会の討議にかけることができるものとされていました。これは第2審の場合も同様です。裁判委員会の結論は合議廷を拘束するものとされ、合議廷は裁判委員会の結論にそって判決を下すことが義務づけられていたのです。

  しかし、1996年に刑事訴訟法が改正されたとき、院長の判断で裁判委員会の討議にかけるといていた手続きが改められ、裁判委員会にかけるか否かは合議廷が自ら判断することになりました。これは合議廷の権限を強化し、裁判主体としての地位を高めようとする改革の先駆けとなりました。「裁判官の独立」へ向けた一歩が踏み出されたといってよいかもしれません。

 その後も合議廷の裁判長を決めるルールなどが新たに定められ、少しずつではありますが改革が進むなかで、裁判委員会制度の廃止なども議論されるようになってきました。

 

[院長・廷長審査制度]

  院長・廷長審査制度とは、合議廷が判決を決定する前に、判決の内容を院長または廷長がチェックするシステムを指しています。裁判委員会制度は法律によって規定された制度ですが、こちらはそうした根拠がなく、長年の慣行として行われてきたものです。

 裁判委員会が個別の案件について指導に乗り出すには、上述した条件と手続きが必要ですが、こちらにはそうした基準や手続きはありません。中級以下の法院では、おおむねすべての案件が対象となっているようです。

 

[党委員会審査制度]

 上記2つの事前審査制度は、いずれも「裁判官の独立」を制約するものですが、さてそれでは、「人民法院の独立」は正しく保障されているのかというと、これまた難しい問題があります。つまり、「党による一元的指導」を原則とする中国では、個々の裁判に対しても、党による具体的な指導がおこなわれる場合があり、各裁判官は党の指示を無視して判決を下すことはできない仕組みになっています。

 各国家機関には機関党組と称する党組織が設置され、党機関と国家機関を媒介する役目をはたしていますが、人民法院もその例外ではありません。各人民法院には機関党組が置かれ、裁判活動における重要問題について、あるいは日常の政治的、組織的活動について指導をおこなっています。

 党委員会審査制度では、重要事件など、党委員会が必要とみなした案件について、人民法院党組をつうじて同級の地方党委員会に報告が提出され、地方党委員会の審査と承認を得たのち判決を下す、という手続きが取られることになります。したがって、ここでいう党委員会とは、各人民法院内部に設置された機関党組を指しているのではなく、当該人民法院と同級の地方党委員会を指し、通常は地方党委員会に設置された政法委員会がその業務を担当しています。

 党委員会審査制度は、過去に2度廃止されそうになった時がありました。1度目は1979年に刑法と刑事訴訟法が制定されたときです。このとき党中央は「刑法・刑事訴訟法の適切な実施を断固保障するについての指示」を出して、党委員会審査制度を廃止するよう指示したのです。しかし、じっさいには刑事訴訟手続きのなかから、この審査制度は排除されることになりましたが、党内手続きとしては温存される結果となってしまいました。

 2度目は、1987年の第13回党大会で大胆な政治改革が提起され、機関党組の廃止が決定されたときです。この決定にしたがって政法委員会が廃止されたため、その存続が危うくなりました。ところが、1989年に起きた天安門事件後に政治改革が見直され、政法委員会が復活したため、旧態に復することになったのです。

 このように党委員会審査制度は、党による一元的指導を掲げる政治体制の根本にかかわっているため、たんなる司法改革の問題ではありえず、もっとも解決の困難な課題であるといえましょう。

 

4.裁く者は審理せず

  中国の裁判を批判するのに、「審理する者は裁かず、裁く者は審理せず」という常套句があります。これは、審理を担当する裁判官や合議廷には判決を下す権限がなく、決定権をもつ裁判委員会や院長、廷長は、じっさいの審理には参加しないという裁判の実態を指摘するものです。このような裁判のあり方が、真理や正義を追求するうえで望ましいものでないことは理解しやすいことですが、それでもこの体制が改善されないのは、裁判の役割を権力維持の手段とする強固な考え方が存在しているからにほかなりません。

  中国の裁判があまり信用されていないのは、身から出たサビとしか言いようがないのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                            最高人民法院

 

 

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