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                        薄熙来夫人裁判を検証する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                         2012年8月9日、公判に出廷した谷開来被告

 

 

続報2: 猶予期間付き死刑に

 谷開来被告の裁判は、第2回公判が2012年8月20日に合肥市中級人民法院で開かれ、2年間の猶予付き死刑判決が言い渡されました。

 おおむね下記にお伝えした、事前の情報通りの結果で終わりました。 

 

続報1: 公判の開廷

 注目を集めていた薄熙来夫人(=谷開来)の裁判が、2012年8月9日に、安徽省合肥市中級人民法院でおこなわれました。公判はこの1日で終了し、後日判決が言い渡されることになりました。

 公判には、中国駐在の英国大使館員はじめ、全人代代表、政治協商会議委員、各界関係者、メディア関係者など150人近くが傍聴に訪れたとのことです。

 谷開来被告が、薄家の使用人だった張暁軍被告と共謀して、英国人被害者である二ール・ヘイウッド氏を殺害した容疑に問われている裁判が、合肥市中級人民法院に受理されたことは、7月26日の新華社電によって伝えられていました。

 8月10日には同じ法院で、重慶市の公安関係者らが、同事件を放置した責任を問われた裁判の公判が開催されます。

 

・事前の情報: 懲役15年から猶予期間付き死刑のあいだ

 この裁判について、香港のメディアなどは 次のような情報を伝えています。

① 判決はロンドン・オリンピックの閉幕後に言い渡される。

② 谷被告の刑は、懲役15年から猶予期間付き死刑のあいだに決まったもよう。

 まだ裁判も始まっていないうちから、なぜこのような情報が流されるのでしょうか。これらの情報は、たんなる推測にすぎないのでしょうか?

 この裁判のように、きわめて重要な人物(元中央政治局委員の夫人)をめぐる事件や政治的にも重要な事件については、人民法院が単独で判決を決めることはありません。

    → 「中国的裁判の独立」 [党委員会審査制度]の項参照

 

 本件の場合は、その重要度からみて、中央政治局常務委員会で最終的な決定がなされたものと考えられます。香港メディアなども、そうした党の決定として伝えており、内容の正確性はともかくとして、手続き的にはおかしな情報ではありません。

 判決に幅があるのは、複数の情報があって確認できないのか、党の決定自体がそのような内容なのかは、現時点では分かりません。後者の場合は、公判開催後の世論の動向を見極めたうえで、最終的な決定をおこなう、ということかもしれません。

 しかし、公判の内容を確認してから決める、ということではありません。審理自体はすでに終了しており、公判は対外的な宣伝の場でしかありません。被告側から想定外の証拠でも提出されれば問題ですが、まずそうした可能性はないものと考えられます。

 

・なぜ合肥市の法院なのか? 

 刑事訴訟法によれば、 刑事事件の管轄ついては基本的に属地主義がとられており、犯罪行為地の法院で裁判がおこなわれることになっています。事情によって被告人の住所地で裁判することも認められていますが、本件の場合はいずれも重慶市がこれにあたりますので、合肥市でおこなわれる理由には該当しません。それではなぜ本件は、犯罪行為、被告の住所とも関係のない、合肥市でおこなわれることになったのでしょうか。

 中国の裁判には地方保護主義と呼ばれる問題が存在しています。この問題の根源には、各地の人民法院が、各々その地元の党委員会による指導を受けるという、司法制度の仕組みがあります。法院が党委員会の指導に服している限り、指導する党委員会の問題をチェックすることは限りなく困難な課題と言えます。

    → 「〔告状難〕は“なぜ”起きるのでしょう」 [地方保護主義]の項参照

 

 近年、党・国家官僚による汚職、収賄などの違法行為が増加したことを受けて、とりわけ高官の犯罪については、検察による〔異地起訴〕、法院による〔異地審判〕という手法が広く採用されるようになっています。これは上記のような問題を前提として、地元党委員会による不当な干渉を避けるため、あえて地元党委員会の権限の及ばない地方の法院で裁判をおこなうことを、そう呼んでいるものです。

 2001年以降、高官の地位利用にともなう犯罪については、その90%以上で〔異地審判〕が採用されているそうです。部長級〔大臣クラス〕の場合は全国範囲で〔異地〕が選択され、局長級の場合は同一省内から〔異地〕の法院が選択されるということです。

 代表的な事例としては、上海市党委員会の陳良宇書記が天津市で、広東省政治協商会議の陳紹基主席が重慶市で裁かれた例などがあげられます。

 刑事訴訟法第26条は、上級法院は下級法院を指定して裁判を担当させることができる、と規定しており、〔異地審判〕はこの規定を適用したものと一般には説明されていますが、この規定はもともと犯罪行為地が複数あって管轄法院が特定できない場合などを想定したものであり、〔異地審判〕はいわば後付けのような運用になっています。そのため、〔異地〕をどのように選択するかなどについてはまったく規定が存在しないので、違法とは言えないにしても早期のルール化が必要、と指摘する意見もあります。 

 党委員会による干渉を避けるための〔異地審判〕とはいえ、〔異地〕にもまた党委員会は存在するのですから、そこの党委員会による干渉という問題があらたに発生しないとも限りません。

 いずれにしても、重慶市以外の法院で裁判することは原則化された対応と言えるようですが、それが安徽省の合肥市でなければならない、という積極的な理由はどこにもありません。

 安徽省が胡錦濤総書記の出身地であること、あるいは同省党委員会書記が胡総書記に近い人物であることなどを理由に、対立する政治勢力からの干渉を排除するため、と解説するメディアもありますが、 そのことはとりもなおさず、裁判が胡総書記の指導下におかれているという見方を示すものでもあります。中国の裁判が党の指導からは切り離すことのできない関係におかれていることだけは、間違いありません。

 

・「スピード裁判」は誤解です

 公判は8月9日に開かれただけで結審し、 20日には判決が言い渡されました。日本の裁判などと比較すると、あまりの速さに驚いてしまいますね。そこで多くのメディアは、これを「スピード裁判」と指摘して、それは秋の党大会を控えて、早めに問題を片づけてしまいたかったのだろう、などと観測していますが、この時期に裁判をおこなったことを別にすれば、そうした見方は正しくありません。

 1990年代までの中国の裁判では、民事、刑事のいずれも、公判は1回限りで、しかもその当日に判決の言い渡しまでおこなわれることが当たり前でした。それは中国が、日本などと違って、職権主義を採用しているため、実質的な審理は公判前に終了するようにしていたからです。公判は、それがどんな裁判であるかを、関係者や傍聴人に理解させ、法教育を実践するための場所、と位置づけられていたのです。

 1990年代以降、民事、刑事の訴訟法が改正されるなかで、少しずつ当事者主義的な手続きも採用されるようになってきたため、公判の位置づけもそれに合わせて少しずつ変化しています。近年は、民事の場合は数回にわたって公判が開催されるような裁判も、珍しくはなくなってきました。しかし刑事の場合は、数回も開かれることはほとんどなく、今回のように審理は1回、判決言い渡しで1回が、一般的です。刑事の場合は実質的な審理をしているわけではありませんので、それ以上やることに意味がないからです。

 

 

 

 

 

 

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