中国法入門
田中信行研究室
中国法について知ろう
終身監禁と無期懲役との違い
1.刑法にはじめて規定された「終身監禁」
2015年8月29日に、第12期全人代常務委員会第16回会議は、「刑法修正案(9)」を採択しました。同草案は、最高刑が死刑となる9つの罪から死刑を廃止したほか、「少女猥褻罪」〔嫖宿幼女罪〕を廃止するなど、注目すべき改正をおこなっていますが、なかでも話題となっているのは、無期懲役に「終身監禁」という措置を新設したことです。この終身監禁という措置、普通の無期懲役とどこが違うのでしょうか?
終身監禁という刑が設けられたのは、公務員による横領の罪で2年間の猶予がついた死刑判決を、減刑する場合です。「中国の死刑制度」でも説明しているように、猶予期間つき死刑は多くの場合、死刑が執行されることはなく、猶予期間が過ぎた2年後に、無期懲役以下の刑に軽減されます。今回の法改正は、横領罪に限って、無期懲役に減刑した場合、それ以上の減刑や仮釈放を禁止した点が、社会的な注目を集めているのですが、そこにはどのような意味があるのでしょうか?
2.積極的に減刑
この問題を理解するには、まず中国刑法の「刑罰」についての考え方から、話をはじめなければなりません。
中国刑法ではもともと、刑の執行を「労働改造」と呼び、監獄(刑務所)を「労働改造所」と呼んでいました。これは中国刑法が性善説にもとづく教育刑主義をとり、労働の習慣を身につけることによって、人間を改造することを刑の目的としたことを表現しています。したがって、改造の過程が順調に進めば、刑の期間はその度合いに応じて短縮されることになります。そのため実際の裁判では、判決は刑が比較的重くなる傾向がある反面、刑の執行過程では減刑措置が柔軟に適用される、という特徴がありました。
ところが近年、反腐敗闘争や打黒闘争で摘発された高級幹部や民営企業家などが、重い判決を受けたにもかかわらず、上記のような減刑措置を受け、非常に短い刑期で釈放されるという事例が相次いで明るみに出たことにより、社会的な批判が高まり、2013年以降、党はこの減刑制度の見直しを迫られていました。今回の法改正は、そうした見直しの第1歩となるものです。
3.汚職官僚や金持ちの特権
この問題が全国的に注目を集めるきっかけとなったのは、2013年に『中国青年報』が、『山西晩報』の記事を引用するかたちで、「ある資料によれば、全国では現在、収監者の2~3割が毎年減刑されているが、汚職官僚の場合はそれよりはるかに高い割合で、減刑、仮釈放、獄外治療〔保外就医〕の適用を受けている」と指摘したことです。
その具体例として、当時の新聞などに取り上げられた事件を、以下に紹介しておきましょう。
【減刑】
広東健力宝集団会社の張海・元総裁は、業務上横領の罪などで2007年に懲役15年の第1審判決、2008年に懲役10年の第2審判決を受け、収監されましたが、その後2度の減刑措置により6年後に出獄しました。
また2002年に吉林省遼源市で、黒社会犯罪組織のボスとして懲役20年の判決を受けた劉文義は、数回の減刑措置により、わずか3年で出獄しました。
【仮釈放】
山西省の侯伍傑・元党委員会副書記は、2006年に収賄罪で懲役11年の刑を受けましたが、2011年に仮釈放されました。
刑法第81条は、有期懲役刑の場合、判決による刑期の半分以上を経過した場合、仮釈放することができる、と規定しています。
【獄外治療】
広東省江門市の林崇中・元副市長は、収賄罪で懲役10年の判決を受けましたが、法院からそのまま帰宅し、獄外治療の適用を受け、1日も収監されることはありませんでした。
高級幹部の場合、比較的高齢者が多いことから、獄外治療はもっとも簡単な逃げ道として利用されている、とも指摘されています。
上記の事例のうち、その後に海外逃亡した張海と、まだ仮釈放中の侯伍傑を除いては、減刑手続きをめぐる買収などの不正が発覚し、本人は再収監され、不正にかかわった法院、公安、監獄などの関係者は処分されました。
また、これらの事例が明らかにしているように、この問題はおもに汚職などの犯罪ににかかわった高級幹部や、経済、金融関係の犯罪にかかわった実業家、富裕層などに集中しているという特徴があり、それ自体が特権的な犯罪だと指摘されています。
4.立功表現
刑法第68条は、〔立功表現〕について規定しています。この聞きなれない用語ですが、これは受刑者が、他人の犯罪を告発したり、重要な情報を提供したりして、他の犯罪捜査に重要な貢献をすることを指し、その場合、当該受刑者は刑が軽減されたり、免除されたりする恩恵を受けることができます。つまり、このような行為は、教育、改造の成果とみなされるわけです。
減刑は、仮釈放や獄外治療などより厳しい制約があり、その適用を受けることは簡単ではありませんが、後者が監獄外での刑の執行〔監外執行〕であるのに対し、減刑は刑期を短縮し、早期に出獄して、自由の身になれるという大きなメリットがあります。そこで〔立功表現〕は、減刑措置を受けるための貴重な手段として、活用されているのです。
減刑などの措置をめぐる不正行為に公安がかかわっているのは、〔立功表現〕の認定を受けたい受刑者に、必要な捜査情報を売っているからなのです。そこでは、監獄があっせんして公安が密かに情報提供し、法院がそれを承知で減刑などの裁定をおこなう、という一連の不正ルートが出来上がっているわけです。
5.責任のすり替えでは?
中央政法委員会などは、この不正ルートを取り締るため、2014年から減刑措置などにかかわる監視体制を強化し、中央政法委員会への報告義務を定め、すべての情報を公開するように要求してきました。最近、各法院のホームページを見ると、それらの情報が掲載されるようになっています。しかし今回の法改正は、それらの対策とは異なり、猶予期間付きの死刑判決が確定した場合に限ってのことですが、無期懲役以下には減刑せず、仮釈放もしない、と規定しているわけですから、部分的とはいえ、刑法として刑のあり方そのものについての考え方をも修正するもの、といえるのではないでしょうか。
あるいは、問題が受刑者の側にあるのではなく(まったくないというわけではありませんが)、彼らを管理する側の問題であるにもかかわらず、受刑者の権利を制限するような法改正は、責任のすり替えというようにも受け取れなくもありません。
とはいえ、終身監禁の場合も、獄外治療は禁止されなかったので、これは引き続き認められているものと解釈されます。おそらく人道上の見地から排除されなかったものと思われますが、重大な抜け道が残された、ということにはならないでしょうか?
人民大会堂大会議場で開催される全国人民代表大会
最高人民法院
2015年6月11日に、第1審判決を受けた周永康
人民大会堂大会議場で開催される全国人民代表大会