中国法入門
田中信行研究室
中国法について知ろう
法院は“なぜ”信頼されていないのでしょう
1.司法の機能不全は何が原因なのか
最近、地方から多くの陳情〔上訪〕者が北京へ押しかけ、 その人たちが集まって滞在する〔上訪村〕と呼ばれるような区域が誕生したとか、地方政府に住民が集団抗議に押し寄せ、暴力的な騒動に発展した、などというニュースが、しばしば伝えられるようになりました。これは地方の行政機関による処置や処分に対する不満が、市民の間で高まっているにもかかわらず、これを司法手続きによって解決ないし救済できていないことが、大きな原因であると指摘されています。
行政行為に対する不服を訴えるための行政訴訟法は、1987年に制定されていますが、じっさいに訴訟を起こそうとしても受理されない〔告状難〕の問題や、裁判がおこなわれても国側の一方的な勝訴に終わってしまうケースが多いせいで、市民の司法に対する不信は根強く、これが中央政府への直訴や、直接的な抗議行動へつなげる要因となっている、というわけです。
憲法が裁判所〔人民法院〕の独立を保障しているにもかかわらず、法院が行政に従属し、司法の独立性が確保されていない実態は、その指導体制に起因するものです。党・国家体制のもとで、中国は党(中国共産党)による一元的指導を原則としているため、法院、検察院、公安機関、司法行政機関など、司法にかかわる国家機関(これらを中国では、まとめて政法機関と呼んでいます)は、すべて党政法委員会の指導下に置かれています。党政法委員会は中央および地方各級党委員会の内部組織ですので、これら党委員会の指導を受ける、という構図になっています。
地方各級党委員会は地方各級政府を指導しており、事実上、ほぼ一体の組織ですから、地方政府の不正を法院に訴えても、これを指導する党委員会ないし政法委員会が自ら非を認めない限り、市民の訴えが認められる可能性はないわけで、ここに司法に対する不信の根本的な原因が存在しています。
2.司法改革の現状
もちろん、法治国家を目指す中国自身に、この問題に対する自覚がないわけではありません。司法に対する党の指導を直接的な関係から間接的な関係へと薄め、司法の独立性を高めるための司法改革は1980年代の後半から始められています。
1980年代以前の司法体制においては、「大公安、小法院、あってもなくてもよい検察院」という三者の関係が存在していました。 これは、政法機関のなかで公安の占める役割が圧倒的に大きい状態を表現したもので、多くの地方では公安機関の責任者が政法委員会書記を兼任していました。
文革後、法治主義の再建を掲げた改革・開放の初期、はじめに取り組まれたのは、公安の権限を縮小し、法院と検察院の地位を回復することでした。
下の表は、司法改革が始まってからの、中央政法委員会をはじめとする、これら司法機関のトップを示したものです。第7期~9期まで、中央政法委員会書記と院長、検察長のポストには、公安機関出身者が1人しかいません。これは偶然そうなったのではなく、上記の理由から公安機関出身者が排除された結果なのです。
ところが、第10期以降は、この方針が破棄されていることが明らかです。とりわけ、書記、院長ポストがともに公安機関出身者で占められている現状は、「大公安」体制の復活を印象付けるもので、文革時代を彷彿とさせるような配置になっています。これは、〔和諧社会〕を目指す胡錦涛政権が、市民の権利保護よりも、強権的な社会の秩序維持に重点を置いているせいなのかもしれません。
もっとも、公安機関出身者=公安機関の利益代表者という図式は、政治評論では常套的分析手法になっていますが、科学的な根拠にもとづくものではなく、経験則的な見方にすぎませんので、以上の分析も、ひとつの見方を示したにすぎないのですが。
中央政法機関の人事
注: 中央政法委員会は党機関なので、書記の任期は他と半年ほどずれている。
赤字は、公安機関在籍経験者であることを示す。
3.展望は開けるか
司法が機能しないからといって、陳情すれば何とかなるというものではありません。しかし、やむにやまれぬ気持ちで北京まで出かけてくる市民たちは、地方の役人に悪いヤツはいても、中央のリーダー達なら、自分たちの意見に耳を傾けてくれるに違いないという信念を持って、直訴という行動に出ているのです。ですが、このような直訴が成功する確率は、ほんの数パーセントにすぎないと言われています。したがって、このような状態が長期化するようであれば、集団的抗議行動がますます増えるようになり、社会の不安定要因が増大することは間違いありません。
市民の権利意識は日々高まっており、2007年の物権法制定後は、土地をめぐる収用、立退きなどのトラブルが急増しています。ここはやはり、司法による紛争解決能力を高めるほか、〔和諧社会〕への展望を開く道はないように思われるのですが、現体制はこの課題に応える成果を出すことができるでしょうか。
周永康書記 王勝俊院長
人民大会堂大会議場で開催される全国人民代表大会
最高人民法院
2015年6月11日に、第1審判決を受けた周永康
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