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                        広州恒大ACL優勝も、契約違反で批判の嵐

 

 

 

1.優勝はしたけれど

 2015年11月21日、広州市の天河体育センター体育場でおこなわれた、サッカー・AFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝の2回戦で、ホームの広州恒大がUAEのアル・アハリ・ドバイに1対0で勝利し、1回戦がスコアレスの引き分けだったため、優勝を決めました。

 ところがこの試合で広州恒大は、スポンサー契約を結んでいた東風日産のユニフォームではなく、親会社のグループ企業である「恒大人寿」のロゴを入れたユニフォームを着用したため、東風日産は契約違反であると抗議しています。

 

2.スポンサー契約に違反

 習近平総書記も檄を飛ばして強化に努める中国サッカーにとって、広州恒大の優勝は大いに意気上がるところかと思われますが、ユニフォーム問題はこれに冷水を浴びせる事件となりました。

 東風日産は2014年2月から広州恒大のユニフォームのスポンサーとなり、2016年1月31日まで、同チームが出場するすべての試合で東風日産のロゴマークを使用する契約を結びました。契約額は1.1億元(約20億円)といわれ、中国スーパーリーグ史上最高額であるだけでなく、欧州の強豪クラブに匹敵する額となりました。これだけのスポンサー料を払った東風日産としては、最高の舞台でそのユニフォームを着てもらえなかったことに激怒するのも、当たり前といえるでしょう。

 このような広州恒大の振る舞いに対しては、中国のメディアも厳しい批判を展開しています。11月23日に新華網は、「恒大の信用失墜、優勝も色あせる」と題する評論を掲載し、25日には人民日報が「恒大人寿の失った信用は回復できるか」という記事を掲載するなど、広州恒大のルール違反に対する批判一色の状況です。

 それではなぜ広州恒大は、誰が見ても明らかな契約違反と分かるような行為に及んだのでしょうか?

 

3.事実関係

 広州恒大および東風日産の関係者が認めたこととしてメディアが報道している事実関係は、広州恒大側が契約違反を承知で、ユニフォームを替えたことを明らかにしています。

 まず広州恒大側は11月11日に東風日産に対し、当日の試合に限って別のユニフォームを使用したいと申し入れています。東風日産は、この申し入れを断っていました。

 普通ならここで話は終わってしまうところですが、驚くことに広州恒大は、試合当日の、それもキックオフ1分前になって、再び同じ内容の提案を記した書面を東風日産に届けた、というのです。キックオフの1分前なら、選手たちはもうユニフォームを着てピッチ上に立ち、審判の笛を待っている状況でしょうから、この書面は協議を申し入れるものではなく、契約不履行を通告したものにほかなりません。

 

4.当事者の背景

 それではここで、本件の背景について考えてみることにしましょう。まず双方の当事者について、簡単に紹介しておきます。

 広州恒大は、正式には「広州恒大淘宝足球倶楽部」という名称です。2010年に八百長問題によって、中国のスーパーリーグから降格していた「広州足球倶楽部」を、恒大地産集団が買収して、「広州恒大足球倶楽部」として発足させ、潤沢な資金を投入し、たちまちスーパーリーグに昇格させました。2014年にはネットショップの淘宝網で有名な阿里巴巴(アリババ)集団が50%を追加出資し、「広州恒大淘宝足球倶楽部」と改名したものです。これら親会社の豊富な資金を背景に強化された広州恒大は、今やクラブ・チームとして中国最強からアジア最強へと躍進を遂げています。

 一方の当事者である東風日産は、その名が示す通り、東風自動車と日産自動車との合弁会社です。東風自動車は文革中の1969年に第二汽車(=自動車)として設立された、中国を代表する自動車メーカーで、東風日産は1993年に設立されました。

 東風日産は日系企業でもあると言えるわけですが、そうすると、近年「反日」の色濃い中国メディアが日系企業の肩をもち、目下躍進中の中国企業を批判している構図は、何となく不思議な感じがしないでもありません。しかしまた、東風が有力な国有企業であるのに対し、恒大地産やアリババが民営企業であるという視点で眺めれば、おおいに納得できる関係ではあります。広州恒大と東風日産との立場が入れ替わっていれば、新華社や人民日報が同じスタンスでこのニュースを伝えたかは、やはり疑問の余地なしとは言えないように思われます。

 

5.契約違反は賠償金で解決

 本件について広州恒大は確信犯である、と指摘しましたが、メディアの取材に対し広州恒大は、ユニフォームのスポンサー契約には違約条項があるので、それにもとづいて東風日産と話し合い、解決したい、と答えています。要するに、契約には違反した場合の対応について規定があるので、それにもとづいて処理すればよく、契約違反それ自体が問題なのではない、と主張しているわけです。

 広州恒大側のこのような主張の背景には、この試合で着用したユニフォームに、「恒大人寿」のロゴが記されていたことが深く関係している、とする見方があります。というのも、じつはこの時、「恒大人寿」はまだ実在しない会社の名前だったからです。「まだ実在しない」というのは、同社は広州恒大の親会社である恒大集団が、既存の生命保険会社を買収して設立した会社で、試合のあった翌日に、新たに発足したものだったからです。

 要するに、恒大集団としては、ACLの決勝戦をまたとない宣伝の場と考え、あえて契約違反を犯しても、新会社の名前を売り込みたかったのであろう、というのです。本件でマスコミの注目を集めていることも、多少良くないイメージがついてきたとしても、売名のための宣伝としては成功ということなのでしょうか。

 じつは前年のACL準決勝戦でも、広州恒大は勝手にユニフォームを変更し、親会社の関連企業である「恒大糧油」のロゴ入りユニフォームを使用する、という「前科」を犯しています。これについては、最終的に800万元が賠償金として支払われたことで収拾されたそうですが、今回はおそらくその程度の額では収まらないように思われます。しかし恒大集団にとっては、それでも宣伝費として十分に見合っているという計算なのでしょう。

 

6.中国法と契約の自由

 社会通念上の常識として、「契約は守らなければならない」もの、と考えられています。民法にも、「信義誠実(誠実信用)の原則」が定められていて、契約は互いの信頼関係にもとづいて誠実に履行されるべきものである、とされています。しかしその一方で、通常の契約には履行されない場合を想定した違約金についての定めがあり、違約金を支払えば、それ以上の責任を追及されることなく契約を終了させることができます。ビジネスの現場では、信頼関係の構築も大事でしょうが、履行しない方が利益になる契約は、「たとえ履行可能な場合でも履行しない」という選択には、それなりに合理性がある、という判断になるでしょう。中国のメディアは広州恒大の判断を、「目先の利益に眼が眩んで、大切な信用を失った」と批判していますが、親会社の判断は信用よりも利益優先ということだったのです。

 ところで、中国の契約法ではもともと、契約は「絶対に履行しなければならない」もの、とされていました。計画経済のもとでは、「契約の自由」は存在せず、国の命令にしたがって順守すべきものであり、履行できない場合にも賠償金を支払うということは想定されていませんでした。

 改革・開放政策のもとで市場経済化が進んだことにより、現行の契約法は「契約の自由」を原則として認めるようになっていますが、それでもやはり、近代法的民法が認めている「契約の自由」とは、少し違ったところがあるようです。

 例えば、日本ではほとんど適用されることのない「事情変更の原則」が、中国の契約紛争では、日常的とまでは言えないものの、かなりの頻度で争点となっています。日本では10%位の価格変動を、「予見しえない変化」と主張する人はいませんが、中国では条件次第で「事情変更の原則」が適用される可能性が出てきます。言い換えれば、その程度の環境の変化でも、当事者は契約を約定した通りに履行する義務を免れるわけですが、そのことは同時に、違約金を払って契約を解消するのではなく、契約条件を変更して契約を履行するように促していることにもなります*。

 百億円鉱山争奪事件で最高人民法院が示した判断は、「一番デタラメな判決」と厳しく批判されています。しかし、「事情変更の原則」について最高人民法院が示してきた近年の司法解釈をもとに考えてみると、それほどデタラメではないのかもしれない、と思われるところもあり、存外、中国の契約法における本質的な問題を明らかにしているのかもしれません。

 話がちょっと難しくなってしまいましたが、広州恒大の今回の事件は、中国法に残る社会主義的な要素と市場経済の原則との矛盾という、現代中国法の抱える普遍的な問題を反映したものとして考察すると、いろいろ興味ある論点が引き出せそうです。

 

   * 『はじめての中国法』第11章1を参照。

 

 

  【 続報 】 

 東風日産は12月9日に、広州恒大淘宝に対して損害賠償を求める訴えを、広州市花都区人民法院に提起し受理された、とのことです。請求の内容は、上記試合における違約にともなう損害金3244.1万元、およびスポンサー契約における第6期の支払額2,400万元の免除、それに訴訟費用となっています。

 この請求金額は、2年間のスポンサー契約料のおおよそ半分に相当するものであり、東風日産側としては、ACL決勝戦はそれだけの価値のある試合だったという判断なのでしょう。

 裁判はこれからなので、今後の展開次第では和解という可能性もありますが、場外の野次馬としては、法院が損害賠償についてどのような見解を示すのか、おおいに興味をひかれるところではあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                      普段と異なるユニフォームで登場した広州恒大

 

 

 

 

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