top of page

              事情変更の原則は“なぜ”問題視されるのでしょう

 

 

 

1.契約法の成立と事情変更の原則

  中国の契約法は1999年に、経済契約法、渉外経済契約法、技術契約法の3つの法律を基礎に、これらを統一するかたちで制定されたため、俗に統一契約法と呼ばれています。しかし、この契約法の重要性は、これら3つの契約法を統一した点にあるのではなく、これら経済契約と、民法に規定されている民事契約を統一した点にあるといえます。

  経済契約というのは、社会主義に特有の契約で、計画経済を運営するために用いられる契約であるため、契約の自由が排除されています。1980年代から改革・開放を進めた中国は、1990年代になると市場経済体制への移行を明確にした行きます。契約法の成立は、中国が計画経済体制から市場経済体制への移行を確実にするための法律的基礎として、経済契約を放棄し、民事契約に統一したことを示す、画期的な立法でもあったのです。

  しかし、そうした画期的な立法であったがために、契約法の立法過程では、より完全な市場経済的民事契約への転換を志向する意見と、社会主義的要素を温存させようという意見とが鋭く対立しました。事情変更の原則も、そうした問題のひとつつです。

 

2.国の経済政策でも?

  事情変更の原則とは、契約締結後に、当事者が予想しえないような急激な社会変動が生じ、当初の契約を維持することが社会通念上、信義則に反し不当である場合には、契約内容を変更修正し、あるいは解約することができる、というもので、信義誠実の原則の一部を構成する、と学説上は説明されており、それ自身は近代民法において広く認められている原則のひとつです。

  中国契約法の立法作業では、最初の草案では信義誠実の原則は規定されていましたが、事情変更の原則は明文では規定されていませんでした。その後の修正過程で、第3次草案にはじめて明文で規定されたのですが、それが大きな注目を集めたのは、修正作業も大詰めを迎えた第5次草案に、以下のように規定されたためでした。

  「国の経済政策、社会経済などの客観的情勢にもとづく巨大な変化によって、当事者一方に契約履行の意味を失わせるか、重大な損害を与え、しかもこのような変化が契約締結時には予見し得ないか克服できないものである場合、当該当事者は相手方当事者に契約内容の変更について協議することを要求することができ、合意が得られないときは、人民法院または仲裁機関に契約の変更または取消しを請求することができる」。(草案第77条)

  問題は明らかなように、「国の経済政策」が理由のひとつに挙げられていることでした。国の経済政策が変わるたびに、それを理由に契約が解除されたり変更されたりしてもよいのでしょうか。もちろん、改革を進める国の側としては、政策の変更が契約に及ぼす影響など気にしなくてもよい環境が望ましいことは言うまでもありません。

  結局、国は本音をあまりにも露骨に条文化してしまったため、経済界などからの強い抗議に押し切られて、条文化を見送らざるを得なくなってしまいました。しかし、それでもやはりその願望を捨ててしまう決断はできなかったのでしょうか。

 

3.司法解釈の本当の意図は?

  最高人民法院は2009年4月に出した「『契約法』を適用する際のいくつかの問題についての解釈(二)」のなかで、事情変更の原則が契約法において認められた原則のひとつであることを確認しています。続いて、7月に最高人民法院が出した、「当面の経済情勢下で民商事契約紛争案件を審理する際のいくつかの問題についての指導意見」は、2007年以降の世界金融危機の影響下では、経済活動を適切に保護するため、場合によっては事情変更の原則を適用することが可能であるとする見解を示しました。

  「指導意見」は同時に、事情変更の原則を濫用することがあってはならないと戒めていますが、その本心はどうなのでしょう。金融危機の中国への影響はそれほど深刻なものではなかった、という見方が有力な中で、あえてこのように機敏な対応がとられたところに、かえって隠された意図を感じなくもありません。下種の勘繰りというものでしょうか。

 

 

 

 

bottom of page