中国法入門
田中信行研究室
中国法について知ろう
中国企業の定款変更問題
2017年3月15日に、中国共産党の中央組織部と国務院国有資産監督管理委員会党委員会は合同で、「企業党組織建設活動の要求を会社定款に明記することを強力に推進するについての通知」を出し、中央企業* に定款変更を実施するように指導してきました。同年6月20日の『人民日報』によれば、すでに中央1級企業** ではすべて変更が実施されており、年内には2、3級企業でも実施の見通しだそうです。「企業党組織建設活動の要求」と言っても、具体的に何を指すのか分かりにくいと思いますので、以下にこの問題の意味について概略を説明しておくことにしましょう。
* 「中央企業」とは、中央政府(国務院)が管理する国有企業を指し、地方政府が管理するものは「地方企業」と呼びます。
** 「1級企業」とは、政府が直接出資している企業を指し、「2級企業」は1級企業が出資している企業を指します。3級以下も同様です。
◆企業党委員会による指導
「企業党組織」というのは、各企業に設置された党委員会を中心とする党組織のことで、ここでいう「要求」とは、企業党委員会が当該企業の経営問題について指導的役割を発揮することを指しています。
中国の会社法は、株主総会、董事会(取締役会)、監事会によるコーポレート・ガバナンスを定めており、企業党委員会については明確な規定を定めていません。そのため、これまでの会社定款では、会社法と同じく党委員会については何も規定しないことになっていたのですが、上記通知はこのような方針を改め、党委員会が企業の指導的機関であることを定款に明記するよう要求したのです。このような方針転換は、すでに2016年10月に開催された全国国有企業党建設活動会議で明らかにされていましたが、通知は定款変更実施の徹底を要請したものと言えます。
ところで、「党委員会の指導的役割」はいうまでもなく国有企業改革の中心的問題であり、1980年代以降の改革は、「党委員会指導下の工場長責任制」から、「党委員会の指導」を外して、たんなる「工場長責任制」に転換することから始まったものです。すなわち、それまで企業活動のすべてを党委員会が一手に指導していた体制を改め、工場長(または総経理)を企業の経営組織のトップに位置づけ、自主的な企業経営を保障しようというのが、改革の狙いだったわけです。会社法が党委員会について何も規定しなかったのは、このような改革の徹底を図ったからにほかなりません。
したがって今回の定款変更は、改革・開放政策が始まって以来の国有企業改革の方針を根本から覆し、これまでの改革の実績と方向性を否定した、きわめて重要な意味をもつものと言えます。
◆「政治的中核論」の意味
ですが、そもそも中国は中国共産党がすべてを支配する国家ですから、国有企業を党が支配するのは当たり前とも言えます。企業党委員会が企業を指導することを否定するのは、土台無理な話ではないかということになります。じっさいこの問題は会社法施行の際に表面化し、会社法は党の指導を否定するのか、という批判を浴びたのです。
この時、こうした批判に対抗するため用意されたのが「政治的中核〔核心〕」論という主張です。つまりこれは、企業党委員会の指導的役割は政治的なものだ、という議論で、言い換えれば、企業経営の分野ではかならずしも指導的存在でなくともよい、と言っているわけです。ただしこの部分は実態として見た場合にはかなり微妙で、時期によってその内容には重点の置き方に違いがあります。(詳しくは、「企業党委員会とコーポレート・ガバナンス」のページを参照してください)
例えば、具体的な定款の変更内容については、董事会での重要事項の決定にあたっては、党委員会の事前の承認を求めることを明記することが求められていますが、このこと自体はこれまでと違いがあるわけではありません。会社法施行後の1996年に中央組織部が出した、「現代企業制度実験100社において党活動を強化し、改善するについての意見(試行)」は、政治的中核としての企業党委員会の役割について、同様のことを定めているからです。つまり、問題は定款に明記するかしないかの違いだけで、実態には何の変化もない、とも言えるわけです。とはいえ、会社法が明記しない方針を取り、じっさいにすべての会社の定款に明記されてこなかったことは、「政治的中核」論の内容に少なからず影響していたものと考えるべきでしょう。
近年はあまり議論の対象とならなくなっていた「政治的中核」論が、この定款変更問題で再び注目を集めていますが、そこにはこれまでと明らかな違いがあります。すなわち、ここでの「政治的中核」論には、「政治的」という限定がない、という点です。これは関連する文書を見れば明らかなことですが、基本的には〔領導核心和政治核心〕(=指導的中核および政治的中核)と表記されており、党委員会の指導的役割が政治分野に限ることなく、あらゆる分野に及ぶことを示唆しています。これは言うまでもなく、習近平体制が目指す、集中的統一指導体制*** の原則を反映したものにほかなりません。
*** 「集中的統一指導体制」については、「法治主義に背を向ける習政権」のページを参照してください。
◆株式市場に及ぼすリスク
さて、この定款変更問題ですが、その影響は日本企業などにも及んでくるのでしょうか?
現時点で具体的な対象とされているのは中央企業の1~3級の範囲なので、外資系企業などは含まれていません。しかし、2、3級企業の多くは株式会社として証券市場に上場しており、外資との合弁企業のパートナーとなっています。党組織建設は非国有企業をも対象にして積極的に進めるというのが、党の基本方針ですが、現在のところ定款変更まで検討されているわけではなく、外資企業にとってその影響は間接的な範囲にとどまっている、ということができます。
しかし、世界経済への影響という視点で見た場合、株式市場に与えるリスクには計り知れないものがある、と言わざるをえません。
2017年中に定款が変更されるという中央2、3級企業には、ニューヨークやロンドンなど海外の株式市場に上場している企業が少なくありません。これらの企業がその定款で中国共産党による支配を明記したとなれば、上場基準に抵触する恐れがあり、上場廃止の可能性がある、ということになります。
むろん中国はそのことを承知で定款変更に踏み切ったわけですから、あるいはすでに米国政府などから黙認の約束を取り付けているのかもしれません。海外市場に上場する中国企業が一斉に上場廃止ということにでもなれば、外国の投資家にとって甚大なダメージとなることは避けられないでしょう。とはいえ、これを黙認することは確信犯的なルール違反の企業を市場に抱え込むことになり、市場の秩序維持にとっていつ爆発するか分からない深刻なリスクとして付きまとうことになります。
海外の株式市場で中国企業の不正な会計処理や情報開示などが、しばしば問題となってきたことは、過去の出来事というわけではありません。2017年6月に中国政府の会計検査署が明らかにしたところによれば、中央企業20社を調査したところ、じつに18社で不正な会計報告が見つかったということです。国有企業にこのような不正が蔓延する主な原因は、権力が分散せず、チェック機能が働かないところにあると指摘され、そこが「党委員会による指導」の最大の問題点とされてきたことを考慮すれば、今回の定款変更はそうした問題を解決に導くのではなく、むしろ助長するものという見立てになるはずです。しかし、中国企業が成長を続ける限り、そこからのリターンを享受するためには、その程度のリスクは許容範囲ということなのでしょうか。
【参考文献】
・「政治的中核」論について
「中国的コーポレート・ガバナンスの展開 ― 政治的中核論と戦略的再編論の確執」、『中国研究月報』、2000年11月号。
・中国企業の海外株式市場への上場問題について
「中国的株式会社の存在理由」、渋谷博史ほか編『アメリカ・モデルとグローバル化 Ⅲ』(昭和堂)。
・会社法全般の問題について
「株式会社と会社法」、『最新 中国ビジネス法の理論と実務』(弘文堂)。
『はじめての中国法』(有斐閣)
第8章 中国企業の複雑なガバナンス
第9章 国有資産を守るということ
人民大会堂大会議場で開催される全国人民代表大会
最高人民法院
2015年6月11日に、第1審判決を受けた周永康
人民大会堂大会議場で開催される全国人民代表大会