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会社法の課題 ①

 

                     企業党委員会とコーポレート・ガバナンス

 

 

1.「旧三会」体制から「新三会」体制へ

 1993年に会社法が制定された頃、盛んに宣伝されたスローガンのひとつに、「旧三会」体制から「新三会」体制へ、というフレーズがありました。ちょっと分かりにくいですが、国有企業の企業管理は「旧三会」で構成されているが、会社法はこれを「新三会」に転換した、という点を強調したものです。

 「旧三会」とは、企業党委員会、従業員代表大会、労働組合(中国語は工会)の3つを指しています。たしかに、国有企業の経営にはこれら3つの組織がかかわっていましたが、これを平等に扱うのは問題があり、これらのなかでは企業党委員会が圧倒的な権限をふるっていました。

 1980年代の国有企業改革は、企業自主権の拡大という方向ですすめられましたが、その基軸は、それ以前の「党委員会の指導のもとでの工場長責任制」から、「工場長責任制」へ移行することでした。つまり企業経営の中心を、企業党委員会から工場長を中心とする経営管理組織に移すことによって、企業経営の自立性を強化しようと試みたのです。

 しかし結局のところ、国有企業という企業形態のままでは、この改革は成功しないと見切りをつけ、国有企業を株式会社形態に転換することにより、抜本的な転換を実現しようとしたのが、会社法です。したがって、中国の会社法は、たんに企業を規範化する法律としての役割だけでなく、国有企業を改革するという、より具体的な役割が与えられていることを、忘れてはなりません。

 しかもその改革の中心的な課題は、上記のように、企業党委員会が経営の中心に存在する状況を改め、企業経営に特化した経営組織にゆだねる体制を構築することだったのです。その経営組織こそが、「新三会」にほかなりません。

 「新三会」とは、会社法に規定されているとおり、株主総会、董事会(取締役会)、監事会の3つを指しており、ここに企業党委員会は含まれていませんが、それは上述の理由によるものです。会社法は、西側諸国の企業と同じようなコーポレート・ガバナンスを採用することにより、企業党委員会を排除した、中国としてはまったく新しい経営機構を構築しようと決断したのです。

 

2.政治的中核論による巻き返し

 しかし、そのような改革をすすめるには、ちょっとタイミングが悪かったかもしれません。というのも、当時はまだ1989年の天安門事件が引き起こした政治的影響が色濃く残っている時期だったからです。天安門事件に危機感を募らせた党の組織部は、基層組織の強化に取り組んでいました。企業党委員会はまさに基層組織そのものでしたので、これの権限を剥奪するような改革は、組織部としては受け入れることのできないものでした。

 組織部の要請を受けて、党中央が出した基層組織強化の通知には、党の基層組織は当該組織の政治的中核として指導的役割を果たさなければならない、と指示されていました。「政治的中核」なら経営の中核ではない、という解釈も可能でしたし、はじめのうちは実際にそのような議論もありましたが、次第に。「政治的中核」=「経営の中核」であることが明らかになって行きました。*

 1997年に党中央が出した「国有企業における党の建設活動をいっそう強化し改善するについての通知」は、以下のように指摘しています。

 「工場長(経理)、董事会は重大問題を決定する前に、党委員会の意見を聞いて、尊重しなければならず、重大な決定の実施状況について、党委員会に報告しなければならない」。

 明らかにこの通知は、会社法が目指す「新三会」体制への転換を否定し、「新三会」もまた企業党委員会による指導のもとにあることを確認しています。

 話がここで終われば、会社法による改革の試みは失敗に終わった、という結論になるわけですが、じつはこの後に会社法の復権という逆転劇が訪れるのです。

 

3.現代企業制度の確立に向けて

 逆転劇の幕開けは、上記通知と同じ1997年に開催された中国共産党第15回大会でした。ここで党は、国有企業改革が低迷している現状を総括し、これを打破するため、国有経済の再編という新しい戦略を提起しました。これは簡単にいえば改革の戦線を縮小し、優先順位の高いものに集中するという方針で、国有企業改革についても大企業中心という方向性が打ち出されました。

 この方針を策定する過程で、「現代企業制度」の確立という課題が明確に浮かび上がってきました。1999年に開催された党の第15期中央委員会第4回総会で採択された、「国有企業の改革と発展に関わるいくつかの重要問題についての決定」は、以下のように指摘しています。

 「国有大中型企業については、規範化された会社制への改革を実行する。会社制は現代企業制度の有効な組織形態のひとつである。コーポレート・ガバナンスは会社制の核心である。株主総会、董事会、監事会および経理陣の職責を明確にし、おのおのがその責任を果たし、協力して運営にあたり、チェック・アンド・バランスが機能するコーポレート・ガバナンスを確立しなければならない」。

 1997年の「通知」は会社法を否定するものでしたが、この「決定」は会社法の順守を呼び掛けています。見事な逆転劇というほかありません。

 それではこの逆転劇によって、会社法は完全に勝利し、確固たる地位を築くことに成功したのでしょうか。

 2005年に会社法が改正された際、会社法が定める党組織についての規定をどうするか、党の内外で議論がありました。「企業党委員会による指導」の芽を摘み、現代企業制度の確立を徹底するなら、党組織は排除すべきという意見もありましたが、旧法にはなかった以下のような規定が追加されるという結果になりました。

 「会社は党組織の活動のために必要な条件を提供しなければならない」。(第19条)

 おそらく、逆転劇は演じられたが、じっさいに逆転があったかどうかは分からない、というあたりが現状なのではないでしょうか。

 ちなみに、企業党委員会の役員選挙については、これまでの任命制に代えて、2010年から順次「公推直選」方式を導入すると伝えられています。「公推直選」とは、近年、基層党組織の役員選挙に導入されている新しい方式で、候補者を非党員も加えた当該組織の構成員全員で選び、これを党員全体の直接選挙で選ぶ、というものです。この制度が普及すれば、企業党委員会自身もそのあり方を変えざるをえなくなるでしょうが、この改革もまたどのようにすすんでいくか、予断を許しません。

 

        * 詳しい経緯については、以下の拙稿をご参照ください。

            「中国的コーポレート・ガバナンスの展開」、『中国研究月報』、2000年11月号

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