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                       走り出した重慶市の戸籍制度改革

 

 

 

1.1000万人の〔農転城

  重慶市では2010年8月から、市内1000万人の農民を対象に、〔農転城〕(農村戸籍から都市戸籍への切り替え)を本格的に開始しました。2020年までの10年間に目標を達成する計画です。最初の2年間でまず、338万人を集中的に転籍するそうですが、2011年4月末時点で、すでに190万人以上が切り替え手続きを完了したとのことです。

  中国の戸籍制度改革は、市場経済化が進展した1990年代以降、しばしばその必要性が強調され、部分的な改革は幾度となく実施されてきました。地方の中小都市レベルでは、すでに都市と農村の戸籍の壁を取り払ったところも少なくありませんが、重慶のような大都市で、このような規模の戸籍改革が実施されるのは、これまでに例のないことです。

  最近の戸籍制度改革における特徴のひとつは、それが戸籍制度という単独の制度改革ではなく、中国の社会制度を規定している、都市と農村という二元的社会構造そのものを解消する、総体的な社会制度改革の一環として、それらと連動しながら実施されている点です。

  重慶市も2007年6月に、全国都市農村統一総合配置改革実験区に指定されたことが、今回このような大規模な改革につながったわけです。重慶市の人口は、2009年末時点で2800万人余りですが、そのうち約半数が農民です。

1000万人の農民が都市住民になれば、人口構成は大きく変動することになりますが、おそらくその頃までには、都市と農村という戸籍の区分そのものが解消されているはずです。

 

 

 

 

 

 

 

                                            

                                               都市戸籍への切り替え手続きをする農民

 

2.5着の服

  重慶市の戸籍改革は、「消える農村」で紹介した諸城市と同じように、農村を都市化する、都市・農村一体化政策の一環でもあるわけですが、重慶市が諸城市と異なる点は、諸城市のような都市と農村の制度が混在する中間的な形態に移行するのではなく、農村を全面的に都市の制度に切り替えているところにあります。とはいえ、むろん現実の農村を瞬時に都市に置き換えるというわけにはいきませんから、一応3年間を猶予期間として、そのあいだに制度

の切り替えを実施しようとしています。

  農村の制度を都市の制度に置き換えるという意味は、戸籍もそうですが、基本的には所有制度を、農民による集団所有から国有に変更することを意味しています。簡単に言えば、農村の土地や郷鎮企業などが国有化されるわけです。農民の請負土地も集団所有ですから、国有化すれば請負経営権は失われることになります。つまり農民は身ぐるみ剥がれてしまうようなものですが、それらがあまり抵抗なく受け入れらているのは、当然その見返りが提供され

ているからです。

  重慶市はその見返りを「5着の服」と呼んでいます。年金、医療、教育、住宅、就業の5つを保障する、というのがその内容ですが、住宅以外の保障は、どこまでが保障の対象なのか、その内容は具体的には明らかでありません。黄奇帆重慶市長は、どういう計算なのかは分かりませんが、農民ひとりの転籍に要するコストを6~7万元と見積もり、1000万人の転籍に必要な財政負担は、7000億元に達すると述べています。重慶市の年間財政収入は1000億元余りですから、少なくとも半分は〔農転城〕対策に回さなければならない計算になります。

  現実には不可能に見えるこの数字ですが、一部の識者は、重慶市が農民から取得する土地によって、将来的に得られる収入は、これを遥かに凌ぐだろうと見ています。そこのところを明らかにしないのは、農民に不満を持たせないための対策のようです。

  重慶市とともに改革実験区に指定されている成都市の方は、大地震の影響もあってスタートは少し遅れましたが、2010年7月に、市内全域で戸籍の統一を実施し、住居移転の自由を認める方針を明らかにしました。 2012年末をめどに、実際の住所と戸籍との統一を実現し、戸籍を自由に移せるようにするとのことです。戸籍改革についてだけ見れば、成都市は重慶市より早く全面的な戸籍の統一を実現することになりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                

                                                           5着の服は大丈夫?

 

3.農民工はどこへ

  重慶市や成都市でこのような戸籍改革が実施されていることは、 他の地域や中国経済全体にも大きな影響を及ぼしています。重慶市では〔農転城〕の実施にあたって、〔農民工〕(農村からの出稼ぎ者)を優先していますが、それは広東省周辺の〔民工荒〕(人手不足)に直結しています。重慶市の〔農民工〕にとって、都市戸籍を得た重慶市内で就業できることは、生活の安定という点からも大きな魅力であり、彼らが市内で就業することは、経済発展を速めてい

る市にとっても大きな力となるに違いありません。

  広東省には四川省から多くの〔農民工〕が流入していますが、2011年の春節に帰省した〔農民工〕の2割は、職場に戻らなかったと言われています。基本的には賃金格差の縮小が大きな要素ですが、戸籍問題も見過ごせない要素として、これからその影響力を拡大していくことは確実でしょう。

  2011年になって、広東省内では〔農民工〕による抗議活動が頻発するようになっています。きっかけは雇用・賃金問題、地元住民とのいさかいなど様々ですが、ときには1000人以上の規模で抗議活動が展開され、暴力行為も発生し、騒乱状態に陥った例も少なくありません。6月には潮州市や増城市で、数百人の〔農民工〕が数日間に及ぶ抗議活動を展開し、数十台の車両が破壊されるなど、相当の混乱状態が続きました。

  こうした〔農民工〕による抗議活動は、待遇や生活環境に対する不満が高まっていることを証明するものですが、場合によっては四川に戻って働いた方がよいかもしれないという、新しい選択肢が生まれたことが、彼らを強気な行動に駆り立てているのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                         潮州市の騒乱                          増城市の騒乱

 

   *詳しくは拙稿「中国から消える農村 ―集団所有制解体への道のり」をご参照ください。

 

 

 

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