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                          中国の立法とパブリック・コメント

 

 

 

1.例外としての憲法 

 近年、中国の立法手続きにおいては、パブリック・コメントを求めることが非常に増えてきました。

  中国の立法史上、最初にパブリック・コメントを求める手続きがとられたのは、建国から5年を経て、初めての憲法を制定した、1954年のことです。この時はおよそ3ヵ月の期間を定めて意見を募集しましたが、そのあいだに全国で一般市民の参加する討論会が開催され、1.5億人が参加し、138万の意見が寄せられたといわれています。

  しかし、その後はまったくこのような機会はなく、1960年代以降は、立法自体が衰退すると同時に、秘密性を帯びて行くようになりました。史上2回目のパブリック・コメントが実現したのは、改革・開放政策が始まったのちに、憲法が改正された1982年のことです。この時は4ヵ月余りにわたってパブリック・コメントの募集がおこなわれ、100条近い条文に修正が加えられました。ですが、この2つの例はいずれも憲法であり、立法手続きとしては、ほとんど例外的なこ

ととみなされていました。

  最初の変化が現れたのは、政治改革の機運が高まった1987年の中国共産党第13回大会後のことです。1988年には、全人民所有制工業企業法、行政訴訟法、集会・デモ行進法、香港特別行政区基本法などで、パブリック・コメントの募集がおこなわれ、1989年には集会・デモ行進法、1991年にはマカオ特別行政区基本法がその対象となりましたが、政治改革が熱気を失うと、歩調を合わせるように、再び休眠状態に陥りました。

 

2.李鵬委員長 

  パブリック・コメントの募集が、中国の立法手続きに定着するきっかけを作ったのは、1998年に全国人民代表大会常務委員会委員長に就任した李鵬です。彼は就任早々、土地管理法と村民委員会組織法のそれぞれ改正草案、および契約法について、パブリック・コメント募集の手続きに付し、2001年には婚姻法改正草案もその対象としました。婚姻法については、市民から4,000余りの意見が寄せられ、憲法以外では最多を記録しました。

  しかしなんと言っても、最も注目を集めたのは、2005年の物権法です。パブリック・コメントの募集期間は40日と、比較的短めでしたが、1.15万件の意見が寄せられ、婚姻法の記録を軽く更新しただけでなく、「物権法違憲論争」まで引き起こし、草案の採択を1年間先送りにしてしまいました。物権法で示されたその影響力の大きさは、パブリック・コメントに対する市民の関心を掘り起こし、より身近な存在に感じさせる効果を生み出したと思われます。

  その証拠に、2006年の労働契約法の際には、30日間という期間にもかかわらず、20万件近い意見が寄せられ、大幅な記録更新を達成しました。寄せられた意見の65%は、一般の労働者からのものであったといわれています。現時点では、これが最多記録となっています。

 

3.立法の原則に

  2005年からは、毎年少なくとも1つ以上の法律(全人代およびその常務委員会が立法したもの)が、パブリック・コメントの対象にされてきましたが、2008年からはほとんどすべての法律が対象とされるようになりました。そして、この傾向は法律だけでなく、国務院による行政法規の立法にも及んでいます。

  2007年に国務院の法制弁公室は、「政府立法工作へのパブリック・コメント参加を引き上げるための関連事項についての通知」を出し、市民生活にかかわりの深い法規を制定するときは、原則としてパブリック・コメントを求める手続きをとるよう指示しました。2008年に「政府情報公開条例」が制定されたことも、これを後押しし、2008年からは国務院が制定する行政法規、国務院の委員会や部が制定する部門規則について、多くの草案がパブリック・コメント募

集の対象となっています。

  ただし、行政法規、部門規則の場合には、法律とは異なり、すべてが社会に公表されているわけではありません。中央および地方の政府部門に対してだけ意見を求めている場合や、研究者などの専門家に委託して意見を求めている場合もあります。2008年の統計では、社会に公表されたもの182件に対し、政府部門に限定されたものは655件、専門家に委託されたものは405件でした。

  2009年には国家機密保護法の草案も、パブリック・コメント募集の対象になり、人々を驚かせました。国家機密や国家の安全にかかわる法律は、原則としてその対象とはならないとされていますが、国家機密保護法それ自体は、国家機密ではないようです。とはいえ、これにもの申すには、ちょっと勇気が必要かもしれません。

 

          * 夏勇国家機密保護局局長についてはこちら

      * パブリック・コメント募集の対象となった法律、法規の草案は、全国人民代表大会、および国務院の法制弁

      公室、各委員会、部のホームページで見ることができます。

 

 

 

 

 

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