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                    陝西国土資源庁判決拒否事件顛末記

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                          

 

 

 

 

1.再審で逆転判決

  紛争のもとになった陝西省楡林市の炭鉱は、1996年に横山県波羅鎮北窟湾炭鉱として開業したものです。当時は攀河村村民委員会が管理する集団所有に属し、村民代表として攀占飛が名義上の責任者となっていました。

  ところが、2000年の採掘権更新手続き期間中に、山東省湽博市の住民、李釗から名義変更申請が提出され、これが認められたため、この炭鉱は横山県波羅鎮山東炭鉱と名称が改められ、責任者も李釗に変更されました。

  これを知って驚いた攀河村の村民は、連名で関係部門に是正を要求しました。横山県鉱産局はこれに応じて楡林市鉱産局を通じて、省国土資源庁に報告したところ、直ちに是正するとの口頭による回答を得たのですが、国土資源庁はこれをほったらかしにしてしまったのです。

 そこで攀占飛たちは、横山県の基層人民法院に行政訴訟を提起しました。しかしこのときは、1審、2審ともに敗訴という結果に終わりました。これに納得しない攀占飛たちは、楡林市中級人民法院に再審請求をおこなったところ、再審が認められ、2005年3月5日に逆転の勝訴判決が下されたのです。中級人民法院は、李釗による名義変更申請手続きには、文書偽造の疑いがあり、彼の行為は採掘許可証を詐取したもので、許可証は取り消されなければならない、と判断したのでした。

  省国土資源庁はこの判決を不服として、省高級人民法院に控訴しましたが、高級人民法院は原判決を支持し、控訴を棄却しました。

 

2.判決の執行を拒否

  裁判はこのようにして決着したのですが、その後、判決は執行されないままにおかれました。しびれを切らした攀河村村民は、2009年に省政府に対して判決の執行を求めるため、100名の連名による上申書を提出しました。これによって事態解決に向かったわけではありませんが、多少の効果をもたらしたのか、国土資源庁は2010年3月1日に、「波羅鎮山東炭鉱採掘権協議会」を開催すると、関係者に通知してきました。

  会議に参加したのは、省の国土資源庁と法制弁公室、省高級人民法院および法律専門家などでした。高級人民法院からは2人の裁判官が参加しましたが、そのうちの1人は再審監督廷の副廷長で、2007年の再審を担当した裁判官でした。会議は非公開でおこなわれ、攀河村村民側の代表は会議場に呼び出されたのですが、会議には参加できませんでした。

  会議終了後に攀河村村民側の代表は会議室に呼ばれ、国土資源庁の責任者から、会議の結論として、以下のような決定を言い渡されました。

① 採掘権は攀占飛および村民といかなる関係もないものと認める。

② 山東炭鉱は攀占飛に投資誘致奨励として800万元を支払う。

③ この決定に不服があるときは最高人民法院に法的救済を求めることができる。

  要するに国土資源庁は、判決を無視して、これと異なる内容の解決策を提示し、文句があるなら最高人民法院へ 訴えろ、と居直ったわけです。 

 

3.暴力事件に発展

  このような国土資源庁の対応に、人々は仰天しました。新華社など共産党系、政府系のメディアも一斉にこれを批判し、法治主義を否定する行為、地方権力の思い上がり、などと糾弾していますが、当の国土資源庁は一向にひるむ様子もありません。

  そうこうしているうちに、2010年7月17日には、攀河村村民と山東炭鉱従業員、あわせて200名近い集団による暴力抗争事件が発生し、双方の約半数が負傷する事態となりました。重傷者も6名いたそうです。

  当然メディアの方はヒートアップし、このような事件を招いたのも国土資源庁の責任だと、厳しい追及を始めています。とはいえ、横山県政府はこの事件について調査を開始すると表明しましたが、陝西省政府はいかなるコメントも出すことなく、いまだに沈黙を守ったままです。中央政府や党中央も、現在までのところ、何の反応も示さず、指示も出していません。唯一、最高人民法院のスポークスマンが、遺憾の意を表明したくらいです。

 

4.白熱化する報道合戦

  いっぽう、この事件を伝えるメディアからは、さまざまな情報が流出しています。それらが伝えるところによれば、この炭鉱をめぐる利権争奪戦の裏事情が見えてきます。

  横山県波羅鎮周辺には未開発の有力な炭鉱があり、2000年頃から本格的な開発が始まっています。問題の山東炭鉱も年間1~3億元の利益を生み出す、このクラスとしては非常に優良な炭鉱で、このことがまず騒動を引き起こした最大の要因にほかなりません。所有者であった攀河村には大きすぎるこの利権に目を付けた誰かが、これを詐取しようと仕組んだのが、事件の発端ではないかというのが、もっぱらメディアの有力な見たてのようです。となれば、こ

れに行政のどこかが絡んでいても、おかしくはありません。

  8月1日の『中国青年報』が読者からの情報として伝えたところによれば、事件のさなか、陝西省政府弁公庁は関係者に秘密の書簡を送り、高級人民法院の判決にしたがうことは、陝西の安定と発展につながらない、として、国土資源庁の対応を擁護したそうです。

  陝西省にはこの炭鉱と同じような、採掘権をめぐる係争案件がいくつもあり、すでに政府側はいくつかの案件で敗訴しているようです。また現在最高人民法院で争われている案件もあるため、今回の省政府の対応は、これまでの人民法院の判決に対する不満が蓄積した結果であるばかりでなく、最高人民法院に対して圧力をかけようとしたもの、という分析もあります。

  あるいは、横山県一帯の炭鉱は、すでに “黒社会” の支配下にあり、行政も裏でこれにつながっている、というような、重慶市を想起させる情報も流れています。

  国土資源庁が提示した最終の解決案に、突如800万元という巨額の奨励金の支払いが含まれていたことは、何かしらそのような裏利権とのつながりを暗示させるように思えなくもありません。

 

5.危機意識はどこに

  野次馬には興味の尽きない事件ですが、中国社会にとってはきわめて危機的な問題をはらんでいる事件といわざるをえません。

  省政府が判決の執行を拒否するという、法治社会の根幹にかかわるような対応が、すでに数年間にわたって放置されているという現状は、司法の機能不全を証明するだけでなく、法治国家の機能不全を証明するものであり、中国の法治主義がいかに表面的なものに過ぎないかを証明するものにほかなりません。省政府のみならず、中央政府もまた、強い危機意識をもって早急に対応すべきであると思われるのですが、現段階でもまだその動きが見られないことは、当事者にその意識がないことの証明でしょうか。

  陝西省国土資源庁が主催した「協議会」は、 “法廷外裁判” にほかならないと批判されていますが、じつはこのような会議は、中国の裁判手続きのなかでは普通におこなわれていることなのです。* 問題は、通常、党内の秘密会議として開催すべき会議を、公表してしまったことにあるので、当事者としてはむしろ説明責任を果たしたくらいに考えているのかもしれません。まさにそのような意味では、この事件は中国における裁判の隠された本質的な問題を、堂々と公開したものとして評価されるべきなのでしょうか。

 

    * 詳しくは、「中国的裁判の独立」を参照。

 

 

 

 

 

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