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                            湖南の挑戦が中国を変える?

 

 

 

 

1.法治湖南建設綱要

  2011年7月26日、湖南省党委員会は、「法治湖南建設綱要」を公布しました。これは2007年以来、湖南省が取り組んできた行政法の立法が一段落したことを受け、今後の「法治政府建設」に向けた基本方針を明らかにしたものですが、その内容が画期的として注目されています。

  湖南省政府法制弁公室は、2007年に「湖南省行政手続き規定」の草案を起草するため、著名な行政法研究者の応松年中国政法大学教授(国家行政学院法学教研部主任)を招いて、専門家グループを設置しました。行政手続きについての法律は、全国レベルでは制定されておらず、地方の法規としてもこれが全国で最初の取組みでした。この規定は2008年4月に省政府常務会議で採択され、同年10月から施行されています。

  その後湖南省政府は、政府服務規定、規範性文書管理弁法、行政裁量権規範弁法、《政府情報公開条例》実施弁法、依法行政考査弁法、行政執法案例指導弁法、重大行政決定専門家諮問論証弁法など、計2つの規定と6つの弁法を制定し、行政手続きの規範化に向けた法整備を積極的に進めてきました。

 

2.法治政府の建設

  湖南省のこのような取り組みは、しかし同省単独の施策ではありません。これは歴史をたどれば、1999年に国務院が公布した、「法に従う行政〔依法行政〕を全面的に推進するについての決定」に端を発するものです。この国務院の決定は、同年の憲法改正で、〔依法治国〕の原則が明記されたことを受け、国務院として各行政機関が一層法律を順守するよう求めたものにほかなりません。ですがこの決定は、行政が法を順守することについての必要性を一般論として述べるにとどまっていたため、何か具体的な効果を上げるというようなことはありませんでした。

  しかし、行政による腐敗の深刻化は、そこで提起された「法に従う行政」の必要性を強く認識させるものとなっていきます。国務院は2004年に、今度は「法に従う行政を全面的に推進するについての実施綱要」を通知し、10年の期限を定めて、そこまでに達成すべき具体的な目標を設定しました。これは各行政機関に具体的なアクションを求めたもので、これを機に〔依法行政〕への取り組みが全国各地でスタートすることになりました。湖南省の取組みも、そのような動きの中で始められたものなのです。

  法に従う行政にとって、大きな脅威となっているのは市民による厳しい批判です。2007年に物権法が制定されたこともあり、近年、自らの財産に対する市民の権利意識は急速に高まっていますが、その一方で、立ち退き、土地の収用、環境汚染、公害などにかかわる違法な行政行為も後を絶たず、これに抗議する市民の抵抗運動、社会的騒乱などは増加の一途をたどっています。

  国務院は、とりわけ末端の地方政府に大きな問題が存在しているとし、2008年には「市・県政府が法に従う行政を強化するについての決定」を通知していますが、今のところその効果を評価する声は聞こえてきません。

  笛吹けども踊らずといった状況に危機感をもった国務院は、2010年に「法治政府の建設を強化するについての意見」を通知しました。簡単に言えば、〔依法行政〕を〔法治政府〕にアップグレードしたのが、この意見の特徴と言えるでしょう。そのなかで国務院は、腐敗現象が依然として多発し、不公正な法の執行や行政の不作為が社会的混乱に拍車をかけている実態を率直に認め、使命感、緊張感、責任感を持って法治政府の建設に取り組むよう指示しています。

 

3.黒頭は紅頭にしかず

  「黒頭は紅頭にしかず、紅頭は無頭にしかず」〔黑头管不住红头、红头管不住无头〕と言われても、おそらく何のことか見当もつかないと思いますが、黒頭とは法律、紅頭とは行政文書、無頭とは指導者の指示を意味しています。ここでいう〔頭〕とは、文書の表紙に書かれたタイトルのことです。法律文書は一般にタイトルが黒字で印刷するのに対して、行政文書は赤字で印刷するという内規があるため、行政文書は俗に〔红头文件〕などと呼ばれているわけです。

  ここまで説明すれば、すでにお分かりだと思いますが、上記の表現は、中国の行政が今でも法治ではなく人治だと皮肉っているわけです。後半部分は制度上も論外ですが、それを招く要因は前半部分にあり、これは単純に論外と決めつけるわけにはいきません。

  1982年に全面改正された現行憲法の第5条は、「すべての国家機関および武装力、各政党は・・・憲法および法律を順守しなければならない」と規定しており、この「各政党」には中国共産党も含まれる、というのが通説となっている解釈ですが、「法律を作るのは党」という考えも根強くあります。実態として、「黒頭は紅頭にしかず」を否定するのはかなり難しいところですが、法治主義からすれば問題であることも明らかであり、党や政府がこの点を、建前と本音で使い分け、あいまいにしているのが現状ともいえるでしょう。

 

4.湖南の挑戦

  さて、寄り道が長くなってしまいましたが、本題に戻って法治湖南建設綱要の画期的とされるところを、説明しなければなりません。

  要綱は、行政手続きの規範化、徹底した情報開示、政策決定への市民参加など、近年の行政改革の成果を幅広く取り入れていますが、それらは画期的というわけではありません。画期的とされるのは、まさに「紅頭は黒頭にしかず」と明確に規定した部分(第10項)にほかなりません。

  ここでは、党委員会が制定した規範性文書について、1級上の党委員会はそれが法律に違反していないか審査し、違反している場合には是正しなければならない、と規定しています。また、地方各級人民代表大会常務委員会は、行政再議案件の処理にあたって、党の規範性文書に問題があることを発見した場合は、当該党委員会またはその1級上の党委員会に報告して、是正させなければならない、とも規定しています。

  これらの規定で、「紅頭は黒頭にしかず」を実現できるかについて、議論の余地は大いにあると思われますが、少なくともこの問題を、このようなかたちでルール化した文書は、これまでなかったことも確かです。この規定についてはおそらく、党による一元的指導の原則に反する、という批判が加えられるかもしれないと危惧されますが、はたして湖南省はその批判を克服して、法治政府への確かな一歩を刻むことができるでしょうか。

 

    *湖南省党委員会の周強書記については、「西政現象はいつまで続く」を参照してください。

 

 

 

 

 

 

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