中国法入門
田中信行研究室
中国法について知ろう
中国石化“天価酒”事件
1.1通の投書から
2011年4月11日、天涯論壇という投稿サイトに、1枚の領収書の写真とともに、中国石油化学広東石油分公司を告発する投書が掲載されました。投書は、同社の魯広余総経理が、公費で数百万元もする高級酒を購入している、と批判し、100万元近い茅台酒を一度に購入したことを示す領収書のコピーを、その証拠として添付したものだったのです。このニュースは瞬く間にネット上に流布され、1瓶が1万元を超える茅台酒もあったことから、「天価酒」(バカ高い酒)事件と名付けられました。
しかし驚くべきは、この投稿に対する、新華社のあまりにも素早い反応です。投稿があった2日後の13日には、これを事実として確認した、とする記者の調査報告が、新華網に掲載されました。
50年物の茅台酒30本など、計95万元余を示す領収書
2.不祥事が相次ぐ中国石化
中国石化は、中国では知らぬ者がいないくらい、有名な大企業です。中国石化は、中国移動、中国石油と並んで中央企業(中央政府の管理下にある企業)の稼ぎ頭で、この3社だけで中央企業の4割強、株式会社を含む国有企業全体の約2割に も相当する巨額の利益をあげている超優良企業です。近頃よく言われる、「国進民退(国有企業の躍進、民有企業の退潮)」のシンボルとなっている企業でもあります。
2000年に設立された中国石化は、以来、順風満帆の勢いで成長してきましたが、このところは不祥事が重なって、やや変調気味です。
2008年に、陳同海総経理の2億元近い収賄事件が明るみに出たのが、躓きの始まりです。2009年には陳総経理に、2年間の執行猶予付き死刑判決が下されました。この判決が出た7月には、本社ロビーに吊り下げられた豪華なシャンデリアが、1200万元で購入されていたことが暴露され、そのど派手な浪費ぶりが厳しく糾弾されました(同社は、実際は156万元だと弁明しているのですが)。
1200万元と噂されるシャンデリア
3.素早い対応
この2つの試練をやり過ごして、ようやく静かになるかと思われていたところへ、突然降ってわいたのがこの事件です。今回は、広東省にある子会社の問題ですが、数カ月の間に数百万元もの高級酒を購入していたという事件は、社会の怒りを呼び起こすには十分な内容でした。
新華社記者の報告が出た翌日の14日には、中国石化の親会社である中国石化集団公司が、魯総経理を停職にし、みずから調査団を派遣して事実の解明に乗り出すことを表明しました。ネット上に告発文が現れてから、ここまでわずか3日というスピ-ドには、ネット時代とはいえ、驚くほかありません。
中国政府の後押しを受けて、潤沢な利益をあげる中国石化は、ある意味では、中国経済の良いとこどりをして、それを独り占めにしているようなところがあります。それだけに、幹部の不正や浪費には、国民の厳しい目が注がれており、新華社や親会社の異例ともいえる素早い対応は、彼らの危機感の表明とも思われます。
4.高級酒は何のために
それにしても、これほど大量の高級酒が何のために必要だったのでしょうか。広東石油分公司は新華社の取材に、ガソリン・スタンドの売店で販売するため、と答えたそうですが、そんな説明を納得する人はいないでしょう。
衆目の一致するところ、この高級酒は接待目的で購入されたのであろう、と推測されています。宴会で飲むつもりだったのかもしれませんが、お土産用ということも考えられます。中国経済の発展とともに、接待費用もうなぎ上りに高騰しており、お土産もブランド品が流行のようです。高額のお土産を換金する商売も出現しているそうで、1瓶が1万元もする茅台酒なら、飲むためというよりは、お土産用なのかもしれません。
5.じつは調査済みだった
25日には調査団の調査結果が、記者会見で明らかにされましたが、そこで確認されたのは、以下の事実です。
購入金額は全部で159万元であったこと、購入目的は魯総経理個人の用途のためであったことなどです。さらに注目されるのは、この件については昨年10月に、親会社に告発があり、その時点ですでに調査が行われていたということです。この時には、不適切な行為ということで、大半の酒は売却され、資金が回収されたそうですが、魯総経理に対する処分は行われなかったようです。
今回の調査では、売却処分された酒以外にも、一部すでに接待用として消費されたものや、社内に保管されていたものなどがあることが明らかになりましたが、なかでも15本の高級ワインが何に使用されたかについては、魯総経理の説明はなかったとのことでした。総経理は解任され、降格処分になったということです。
この記者会見によって、あろうことか、会社側がこれまでこの問題を、魯総経理の個人的なこと、として、不問に付してきた事実が判明してしまいました。すでに会社としての調査は行っていたわけですから、あらためて調査団など派遣する必要はなかったのです。中国石化としては、新華社の指摘を受けて、あわてて体裁を取り繕ったということなのでしょうが、結果として、魯総経理に対する処分だけでなく、会社自体の対応も問題にされることになりそうです。
6.追い討ちの告発
中国石化としては、早期に決着をつけ、沈静化を図りたいところだったのでしょうが、やはり世の中は、そう甘いものではありませんでした。4月28日に『新京報』が、今度は雲南分公司に不正行為があったことを伝えたのです。同社では、党員費や労働組合費などの一部、約640万元余りを、幹部のボーナスとして、不正支出していた、というのです。
この件についても、やはり2010年10月、中国石化集団公司に対して告発があり、同社が事実関係を調査していたとのことです。その調査報告書は12月に作成されており、『新京報』の報道は、その内容を伝えたものでした。問題なのは、ここでも不正行為を認め、その主要な責任は分公司の高忠宝総経理にあると認めながら、いかなる処分も行っていなかったという事実です。
7.金満企業への怒り
中国石化の不祥事に対する相次ぐ告発は、その背景に、中国石化に対する庶民の反感があると指摘されています。上述のように、中国石化は中国企業の稼ぎ頭ですが、それは国に守られた独占企業としての地位を利用しているからであり、石油価格を不当に吊り上げて達成した結果に過ぎない、と庶民は見ているのです。
陳同海元総経理が、毎月の交際費として100万元余りも飲食に費やしていた点を追及され、「百万、二百万の交際費なんて、二百億の納税額に比べれば微々たるもの」と嘘ぶいた話は、今でも語り草になっていますが、こうした幹部の金銭感覚に、庶民の怒りは収まらないようです。
中国石化のような中央企業は、政府との結びつきも強く、経営陣の中心的メンバーは官僚出身者によって占められています。また、彼らは企業で数年間、実績を積み重ねると、これを踏み台にして、政界や官界へと躍進していくのです。彼らの派手な金遣いは、そうした将来へ向けた人脈作りや足場作りに、原因があるとみられており、たんなる規律の緩みとは、次元が異なるようです。
・日経新聞はもう少し勉強して
ところで、日経新聞は4月18日の夕刊で、このニュースを手短かに報道しています。ところが、その見出しは、「中国国有企業シノペック 高級酒大量購入に市民怒り」となっているのです。シノペックというのは、中国石化の英文表記を略語化した呼称ですが、中国語の原文は〔中国石油化学工業股份有限公司〕です。〔股份有限公司〕というのは、株式会社のことで、中国石化は国有企業ではなく、株式会社なのです。日本の証券市場には上場していませんが、香港、ニューヨーク、ロンドン、上海の各市場に上場する、れっきとした株式会社にほかなりません。
国有企業と株式会社が異なるものであることは、中国も日本と同じで、これを混同するようでは、今の中国経済を語ることはできません。株式会社とはいえ、その実態は国有企業に近い、という見立てはあるでしょうが、形式と実態はひとまず区別されるべきでしょう。経済専門紙を自認する日経新聞が、こんな間違いを犯すことは情けないの一言と、自戒してもらいたいものです。
人民大会堂大会議場で開催される全国人民代表大会
最高人民法院
2015年6月11日に、第1審判決を受けた周永康
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