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                            『日経新聞』と中国経済

 

 

 

 

 

 

 

 

                                               2011年6月30日、北京~上海間の新幹線が運行開始  中国新聞網

 

1.中国南車は国有企業か

  2011年6月28日の『日経新聞』朝刊には、中国の新幹線が米国で特許申請する、という記事が掲載されています。記事の書き出しはこうです。「中国国有の鉄道車両製造大手、中国南車は・・・」。「中国国有」という表現は見出しにも使われています。

 『日経新聞』が、中国の大手企業を、「国有企業」、「国有大手」などと表現しているのは、この記事だけではありません。中国石化(シノペック)などについても、同様の表現を用いています。(別項「中国石化“天価酒”事件」参照)しかし、中国石化にしても中国南車にしても、国有企業ではなく株式会社なのです。

 

2.中央企業の株式会社化

  まず、事実関係について確認しておきましょう。この記事に出ている「中国南車」ですが、これは中国南車集団という会社の子会社です。この記事は、『チャイナ・デイリー』の記事を紹介しているものなので、念のため、原文を確認してみると、CSR Corporation Limitedとなっていますので、間違いありません。

 中国石化や中国南車が、数年前まで国有企業であったことは事実です。いずれも中国経済の骨格を支える主要な国有企業であり、中央政府の管理に属する中央企業です。

 一方、1993年の会社法制定以来、中国の国有企業は徐々に株式会社への改革が進み、正確な統計ではありませんが、現在はその3分の2以上が株式会社に改組されたものと見られています。しかし、中央企業は国有企業の屋台骨ともいえる大型企業であるため、なかなか改革が進まず、中国石化や中国南車が株式会社に改組されたのは、それぞれ2000年、2007年と、比較的最近のことです。

 これらの中央企業は、基本的にグループ化されており、親会社は「〇〇集団公司」という名称になっています。中国石化なら中国石化集団公司、中国南車なら中国南車集団公司という具合です。資本関係でみると、親会社は政府が直接出資しているので1級企業と呼ばれ、その子会社は1級企業が出資しているので、2級企業と呼ばれます。孫会社は3級企業というわけです。

 

3.中国の会社法と株式会社

  次は、中国の株式会社についてですが、これについて規定している法律は会社法〔公司法〕です。会社法は株式会社を、有限責任会社〔有限責任公司〕と株式有限会社〔股份有限公司〕という2つの形態に分類しています。日本の会社を基準に比較すると、前者は有限会社、後者は株式会社ということになりますが、中国ではどちらも株式会社に分類されています。さらに、国が全額出資する国有独資会社〔国有独資公司〕も、有限責任会社の一形態とされています。

 ちょっとややこしい話になってきましたが、中央企業の仕組みを理解するためには、必要な知識ですので、我慢してください。

 さて、その中央企業ですが、現段階の状況は、上にも述べたように、ようやく株式会社化が進展しつつあるところです。まだ多くは、2、3級企業の改革が中心で、この部分はかなり改組が実現していますが、多くは有限責任会社で、株式有限会社になっているのは、まだそれほど多くはありません。親会社の1級企業は国有企業のままか、改組されていても国有独資会社までです。

 中国石化集団公司や中国南車集団公司は、一応改組されており、ともに国有独資会社になっています。中国石化と中国南車はいずれも株式有限会社です。このようなパターンは、中央企業の現段階における基本的な特徴であり、この2社に限られるものではありません。

 株式有限会社に改組された中央企業の特徴として指摘できるのは、いずれも改組後ただちに証券市場に上場していることですが、しかも多くの場合、国外市場での上場が先行しており、IPOの発行額も国外市場が国内市場を上回っているという点です。中国石化は香港、ニューヨーク、ロンドンに上場したのち、上海に上場しており、中国南車は香港と上海に同時上場しています。(香港市場を国外とするのは違和感もありますが、中国自身なぜかそのように区分しているので、これにしたがいます)

 

4.『日経新聞』は中国経済の何を伝えようとしているのか

   これだけ説明すればお分かり頂けると思いますが、中国南車は間違いなく株式会社であり、すでに国有企業ではありません。『日経新聞』は、その事実を知らないのでしょうか。

 たまたま、中国石化と中国南車だけがそのような例外ということであれば、勘違いということもあるかもしれませんが、数年前まで国有企業だったが今は株式会社という大手企業は、今の中国では珍しくありませんし、株式会社になって上場するときには、それなりの話題にもなったわけですから、「知らなかった」ということはないはずです。もし、どちらか分からなくなったら、一応確認してから書く、というくらいの注意は必要だと思われます。

 上述のように、中国石化集団公司や中国南車集団公司は、中国の会社法上「株式会社」であるにしても、国有独資ということもあり、これをそのまま日本語で株式会社というのは問題ですが、子会社の方の中国石化や中国南車の場合は、証券市場にも上場しているので、株式会社の資格は満たしているものと判断されます。国外でもそのように認定されていると、みなすことができます。

 しかし、最近の『日経新聞』を読んでいる限りでは、どうも勘違いなどということではないようです。上記2社に限らず、このような企業の場合は、株式会社であるにもかかわらず、国有企業、国有大手などと表現するのが、『日経新聞』の流儀となっているようです。つまり同紙としては、中国の株式会社は実質国有企業と変わりない、という立場から、あえて株式会社とはみなさず、国有企業として扱っているものと思われます。 中国の国有企業が、株式会社に改革されて、その実態にどのような変化が生まれたかについては、いろいろな見方がありうると思います。中国はもう社会主義などではなく、資本主義そのものという見解も、広く支持されているようですし、一方でまだまだという意見もあります。株式会社になった中国企業を、投資の対象と考える人たちは、政府の影響が強いことは認めながらも、それを国有企業のままとは考えていないものと思われます。

 

5.メッセージの前に事実を

  筆者自身も、中国の株式会社が、日本でいうような株式会社とは異質の存在であるという説を、別稿(「中国的株式会社の存在理由」)で展開したことがあり、『日経新聞』の見解に同調する点はあります。

 しかし、新聞報道の姿勢として、これは正しいものなのでしょうか。同紙の記事を読んだ一般の読者はおそらく、中国南車がじつは株式会社であるとは想像もしないでしょう。そうした誤解を導くような記事は、やはり適切なものであるとは考えられません。事実は事実として伝えるべきです。形式は株式会社でも実態は国有企業だと言いたいのであれば、それは注釈とすべきであり、事実にすり替えてよいものではありません。

 中国は政治・経済体制が日本と異なるため、理解に難しいところがあり、ジャーナリズムのなかにも、誤解や誤報、誤報とまでは言えないにしても不適切な記述は少なくありませんが、情報不足という問題もあって、やむをえない面もあります。しかし、ここで述べた問題は、中国における経済改革の主要な部分である国有企業改革の、もっとも重要な問題の一つでもあり、決して情報不足ということはありません。そのような重要問題について『日経新聞』が、読者に誤解を与えるような報道を繰り返していることは、とりわけ中国ビジネスに関心を持つ多くの読者を抱えていること

も考慮すれば、座視することのできない問題と言えるでしょう。

 

 

 

 

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