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                   中国の法律は“なぜ”守られないのでしょう

 

 

 

1.法律は整備されたが

  改革・開放が始まったばかりの1980年代には、多くの外国人は、中国に法律が存在するとは考えていませんでし た。1966~76年のプロレタリア文化大革命の時期には、〔無法無天〕(法もなく権威もない)といわれるような、無政府主義的状況が続き、法制度は破壊され、事実上、法の存在しない国になっていました。そうした中国を統治していたのは、中国共産党の権威であり、中央から地方の末端にまで張り巡らされた党組織でした。その権力は、中央および各地方の党委員会に集中され、党委員会の責任者である書記によって掌握されていました。そのような書記を、中国では俗に〔土皇帝〕と呼んでいましたが、社会主義を目指す中国共産党の国家が、まさに封建国家にひとしい〔人治〕の体制に陥っていました。

  改革・開放政策は、経済改革に着手する前提条件として、この〔人治〕の体制から、〔法治〕の体制へ転換することを目標に掲げました。当時はまだ、計画経済の枠の中での改革が目指されていましたが、計画経済を運営するにも、これを仲介する経済契約が順守されるような、規範化された法治国家への転換が不可欠と考えられました。経済改革が市場経済体制への移行を明確化した1990年代になると、いっそう法治主義への要求が高まり、求められる法制度も、旧来の社会主義的法制度から資本主義的法制度へと、次第にその軸足を移しつつあります。同時に、WTOへの加盟を目指したことによって、中国法制度の変容は、グローバル化という外圧にもさらされるようになりました。

  改革・開放の始まりから30年を経た今日、中国に法律が存在しないと考える人はまずいないと思いますが、そのかわりに、中国に法律は存在しても、あまり守られていない、と考える人は、少なくないように思われます。

 

2.法律が守られない原因

  法律が守られない状況を生み出している原因はいろいろあるようですが、その主なものをあげてみましょう。

  ① 法意識の低さ

  建国以来、〔人治〕の時代が長く続いたため、法を守らなければならないという意識が乏しいことは、否定しがたい事実でしょう。法は守らなければないないことを、一応は理解している人も、どこまで厳しく守らなければんならないと考えているかについては、大きな差があるようです。また、多くの法律は制定されてから日が浅いため、その内容があまり知られていないという点も、法意識の低さを助長している要因でしょう。もっとも、近年はインターネットが普及したため、話題性の高い法律や、日常生活に直接かかわるような法律については、瞬時に情報が伝わる反面、正確に伝える、という点では問題もあるようです。

  ② 上に政策あれば、下に対策あり

  中国は中央集権的な国家体制を採用していますが、国土が広いため、地方分権的な側面も少なからず共存しています。そのため、中央の政策がかならずしもすべての地方の利益と合致しているわけではない、というケースも少なくありません。そのような場合、中央の政策を受け入れたくない地方政府は、知恵を絞ってその政策から逃れようとします。同じように法律の場合も、地方の事情によっては、事実上これを棚上げにしてしまうような地方の法規を立法して、対抗している場合も、稀ですが存在しています。

  ③ 制度改革中の立法

  改革・開放以降の中国は、あらゆる分野で常に改革が進められています。法律もこれに合わせて絶えず改変されていますので、極めて不安定な要素を含んでいます。法律が制定された頃には、もう次の改革が始まっている、というようなケースも珍しくはありません。立法作業は改革の最前線から見れば、かなり後方に位置しているわけです。

  法律の制定が遅れている場合、しばしば用いられる穴埋め策は、司法解釈を作成して、時間稼ぎをするという手法です。司法解釈は、刑事分野を除けば、最高人民法院が単独で 作成できるため、手続き的に簡便であること、中国共産党の方針を反映しやすいことなどから、民商事法分野ではしばしば立法の先導的な役割を発揮しています。

  また、地方の意見や利害に差があるときなどは、いくつかの地方を選んで実験的な立法を行い、数年後に全国統一的な立法をはかるという手法も、比較的多用されています。新規の立法のみならず、これを改正する場合も同様です。

  ④ 対外宣伝効果

  これは1990年代以後に新しく登場した、中国法の新しい特徴です。言うまでもなく、中国がWTO(当初はGATT)への加盟を有利に進めるため、西側先進諸国の要求を受け入れて制定した法律の一部がこれにあたります。経済にかかわる法律のみならず、民主化への取り組みをアピールするような法律も含まれています。

  これらの法律は、もともと内在的な必要性が乏しいため、あるいは中国政府も必要性を感じていないため、法律を守る、あるいは守らせるという原動力がどこからも作用しません。むしろ場合によっては、邪魔な存在として、事実上封印されてしまっているようなものさえあります。

  しかしその一方では、法律が制定されたことがきっかけとなって、これを社会に普及させようという動きが広まっているものもあり、その効果は多様です。

 

3.本当に法律は守られていないのか

  さて、上にあげたような理由によって、法律はしばしば守られていない場合があるようですが、だからといって、ただちに中国では法律は守られなくても仕方のないもの、という結論を導くのは、これまた早計というものです。

  もしあなたが、これは変だな、という問題に直面した時は、法律を守っていないせいだ、と結論付ける前に、もう少し慎重に調査してみましょう。

  まず、法律の下位法にあたる部門規則(国務院の委員会や部が制定した法規)、司法解釈、その地方の個別の法規などが存在しないか、十分に時間をかけて調査しましょう。これらは法律のように、法令集やインターネットなどで簡単に調べられるものではありません。もちろんそれらの多くは、どこかの法令集やインターネットに掲載されているものですが、かならずすべてが掲載されているとは限りません。必要があれば、所轄の行政機関などへ直接出向いて確認するほかありません。

  中国もいまや原則は法治国家ですから、とりわけ渉外経済取引の場面などでは、違法行為が野放しにされているわけではありません。 法律以外の法規や司法解釈に別な定めがあったり、微妙な解釈のずれがあったりして、それが「変だ」という印象を受ける原因になっている場合が、じつはほとんどなのです。どうせ中国では法律は守られないのだから、という偏見に縛られて行動し、逆に法律を犯してしまう、という失敗例が少なくありません。

  中国の法律は複雑なので、慎重に調査し、注意深く対応してください。

 

 

 

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