中国法入門
田中信行研究室
中国法について知ろう
◆烏坎村通信 混迷する烏坎村
林主任が控訴! 第2審が開廷
下記の第1審判決についての報道でお知らせしたように、判決言い渡しの時点では控訴しない意向を表明していた林祖恋主任ですが、香港の『明報』が
10月9日に伝えたところでは、8日に家族のもとへ第2審の公判開催を知らせる通知が届き、林主任が控訴していた事実が判明しました。
公判は10月12日の午前9時から、仏山市中級人民法院で開催される、とのことです。中国の裁判は2審制なので、これが終審ということになります。
【続報1】
第2審の公判は10月12日、周辺を立ち入り禁止にして警備を強化した仏山市中級人民法院で、午前9時からおこなわれました。検察、被告の双方が第1審判決を不服として控訴したため、法廷では検察、弁護人が各々意見を述べて結審し、18日に判決が言い渡されることになったそうです。
【続報2】
第2審の判決は、当初の予定から2日延期されて、20日に仏山市中級人民法院で言い渡されました。判決は、検察、被告双方の主張を退け、第1審の判断を支持しました。
【2016年夏】
警察が武力行使 村民13名を逮捕
2016年9月13日午前、烏坎村では抗議活動の警戒にあたっていた武装警察と村民とのあいだで衝突が発生し、村民13名が公共の場所、交通の秩序を破壊したとして逮捕されました。警察はゴム弾などを使用したため、村民側に負傷者が出たようです。
林祖恋村民委員会主任が連行された6月18日の翌日から、烏坎村では連日、林主任の釈放を求める千人以上のデモが続けられていました。これに対して当局は、9月10日までにデモを止めなければ法的責任を追及する、と数日前から警告していました。今回の衝突は、この警告を無視した村民に対し、警察が武力行使に踏み切ったものと見られています。
抵抗する村民 2016.9.13
林主任に実刑判決
2016年9月8日、広東省仏山市禅城区人民法院は、収賄容疑などで起訴されていた烏坎村の林祖恋村民委員会主任について公判を開き、有罪判決を言い渡しました。
公判は午前9時に始まり、昼頃には結審しました。いったん休廷したのち、午後2時半から再開し、判決が言い渡されました。法廷には2名の弁護士が参加しましたが、村の工事をめぐる入札について情報を漏えいした容疑について否認したほか、収賄の容疑については起訴事実を認めました。最終弁論で被告は反省と村民に対する謝罪を述べた、とのことです。
判決の内容は以下の通りです。
① 収賄罪・・・懲役3年、罰金20万元
② 非公務員収賄罪・・・懲役10ヵ月
③ 入札情報漏えい罪・・・無罪
判決は①、②の罪を併合して懲役3年1ヵ月、罰金20万元の刑を言い渡しました。これに対し被告は、控訴しない意思を表明したとのことです。
【解説】
まず裁判が仏山市の法院でおこなわれたことについてですが、これは〔異地管轄〕の適用によるものです。烏坎村は汕尾市にあるので、本来の管轄権は同市内の法院にあるわけですが、収賄という罪を考慮して〔異地管轄〕が適用されたようです。
また被告の罪が、公務員を対象とする収賄罪と、非公務員収賄罪とが同時に適用されていることに示されるように、本件は被告が村民委員会のメンバーであったことが、大きな特徴となっています。つまり、制度上の村民委員会は行政組織ではなく、たんなる自治組織にすぎないのですが、その性格上、実質的に行政機関の役割を代行している部分があり、実態としてはいわば半官半民的な組織になっています。このような組織は、国有制度が中心の中国では広く存在しており、したがって刑法上「公務員〔国家工作人員〕」とされる範囲は、実際の公務員よりかなり広いのです。
刑法93条によれば、国家機関のほか、国有会社、国有企業、事業体、人民団体などで公務に携わる人員は、〔国家工作人員〕とみなす、と規定しています。したがって村民委員会の場合、この「公務」とされる事業については公務員としての収賄罪が、そうでない部分については非公務員収賄罪が適用されることになるわけです。この点については2000年に全人代常務委員会が、「刑法93条第2項の解釈について」という決定を採択しており、何が「公務」にあたるかを具体的に定めています。
林主任が収賄容疑で拘留
2016年6月18日、土地の返還問題をめぐって混乱が続く烏坎村で、林祖恋村民委員会主任が収賄の容疑で連行されるという事件が起こりました。
村民委員会は、土地問題の解決を訴えるために上級政府への陳情を計画し、その是非を問う村民大会を19日に開催する予定でしたが、事態は思わぬ方向に展開しました。
・検察院がビデオを公開
陸豊市人民検察院が20日に公表したところでは、林主任は2012年以降、村の公共事業にかかわって業者から多額のリベートを受け取った容疑で調査されていたが、3カ月余りの調査によって容疑が固まったため、17日に立件され、強制措置を取られることになったとのことです。同検察院はメディアに対し、林主任が罪状を認める供述をする様子を撮影したビデオを公開しました。ビデオのなかで林主任は、検察官に向かって、「法律の知識が乏しかったため、多額のリベートを受け取るという重大な犯罪行為を犯してしまいました。この件については自首し、取り調べに対してはありのままに答えるつもりです」と、述べています。
2012年に実施された村の水道工事では、業者から村民委員会幹部に対して40万元余りの金が渡されたと言われており、下に記した2014年の村民委員会改選時期に、楊色茂と洪鋭潮が逮捕されたのも、この件で収賄を認定されたものでした。しかしその大半を受け取ったと言われた林主任は、これまで捜査の対象とされたことはありませんでした。楊や洪はどちらも、受け取った金は返したと証言しており、本当に収賄があったのかについては疑問視されています。
今回の林主任の容疑は、通学路の舗装工事にかかわるものと言われていますが、村民は冤罪であるとして、釈放を求めています。いずれ林主任についても裁判がおこなわれることになるのでしょうが、楊や洪の時と同じく、誰にも知らされないままひっそりと判決が下されることになるのでしょうか。
・村民委員会は存続の危機に
林主任は同村の党支部書記も兼任していましたが、すでに書記は解任され、副書記だった張水金が新しい書記に任命されました。村民委員会は林主任が拘留されたことにより、洪鋭潮副主任に次いで中心となる役員を失うことになりました。これまで土地返還作業の先頭に立っていた村民委員会が、実質的に活動できなくなる可能性も小さくなく、烏坎村はいよいよ窮地に追い込まれたようです。
【2014年春】
副主任2人が相次いで拘留 選挙妨害か?
2014年3月15日付の『広州日報』は、広東省汕尾市陸豊市人民検察院が公表した情報として、烏坎村の楊色茂・村民委員会副主任が収賄の疑いで拘留された、と伝えました。
烏坎村では、3月末に村民委員会の改選選挙が予定されており、同氏は次期主任の有力候補とみられていただけに、この時期の拘留は選挙に対する妨害ではないかと、反発が強まっています。
なお、楊副主任は、拘留された翌日の夜に保釈されました。
改選時期
この報道で、まず気になるのは、選挙の時期です。村民委員会組織法によれば、委員の任期は3年とされています。現在の委員は2012年3月の選挙で選ばれているので、まだ2年しか経っていません。
しかし、その前のリコールされた形になった委員会は、2011年2月に成立していますので、正式の任期は2011年2月から、ということになるのでしょう。現委員会は、リコールされた委員会の残余期間が任期ということになっているものと解釈されます。
烏坎村では3月31日に予定されている選挙を控え、3月13日には選挙管理委員会の選挙がおこなわれ、11名の委員が選任されたばかりでした。14,15日には、選挙の実施について協議する村民代表会議の開催が予定されていた、とのことです。
非公務員収賄罪
楊色茂・村民委員会副主任が拘留されたのは13日午後のことで、 容疑は収賄罪とのことです。村民委員会が実施するプロジェクトにかかわって、2万元を収賄した疑いが指摘されています。
ただし、村民委員会は村の自治組織で、国家機関ではありませんから、公務員を対象とする収賄罪が適用されるのは間違いでは?という疑問が浮かびますが、その点は上の【解説】を参照してください。楊と洪の訴追については公式の報道がないので、確認できない点もありますが、ネットなどで伝えられている情報が正しければ、ふたりは収賄罪で有罪とされたようです。
「非公務員収賄罪」というのは元から刑法に存在した罪ではなく、2006年の刑法改正(刑法修正案第6号)によって、第163条に追加規定されたものです。会社などの組織に務める者が、その職務上の立場を利用して財物を受け取った場合などに適用され、懲役5年以下、もしくは拘役に処せられますが、金額が特に大きい場合は、5年以上の懲役となります。公務員による収賄事件の捜査は検察機関の管轄に属しますが、非公務員の事件は公安の管轄となります。
楊自身は保釈後、自身のブログで2万元の受領を認め、そのうち1万元を学校に寄付し、1万元を返した、と述べています。
背景
さて、問題は「この時期になぜ?」という1点に尽きます。
あまりにも唐突な検察の動きに、烏坎村では疑惑の解明よりも、検察の意図がどこにあるのか、という点に関心が集まっているようです。
周知のように、烏坎村では2011年に、前村民委員会の幹部が村の土地を不正に売却した疑惑をめぐって抗議行動が広まり、新しい村民委員会を自由な直接選挙によって選ぶという成果をあげました。この成功体験は「烏坎モデル」と呼ばれ、全国で過激化する農民紛争の民主的な解決モデルとなる、と高く評価されました。
しかし、そのようにして華々しくデビューした新しい村民委員会でしたが、その後はめぼしい成果をあげることができず、村民はいまだに大半の土地を取り戻すことができていないため、不満を募らせています。抗議運動のリーダーとして活躍し、村民委員会の主任に当選した林祖恋は、すっかり信望を失ない、再選は難しいのではないかとみられています。
そこで次期主任の有力候補として浮上したのが、林祖恋と並ぶ抗議運動のリーダーだった楊色茂副主任でした。楊副主任自身も、林主任の対応を批判し、対立候補として出馬することに意欲を示していたようです。
ここで困ったのは地元の党委員会です。というのも、楊副主任は中国共産党員ではないからです。
烏坎村の村民委員会選挙は、前回から自由な直接選挙によって選ばれるようになりましたので、この方法を踏襲すれば、現状では楊副主任の当選確率はかなり高いものとみられています。ところがその一方で、党の規則は、党支部の書記が村民委員会主任を兼任する、と定めているのです。実際、現在の林主任は党員で、党支部書記を兼任しています。
仮に、楊副主任が当選すれば、党員ではない人物が主任となり、党の規則に反する結果となります。
今回の収賄疑惑は、選挙がそのような結果になって、責任を問われることを恐れた党委員会が、検察を動かしてでっち上げた選挙妨害事件ではないか、という見方が、ネット上などでは広まっていますが、その理由は以上のような背景にあります。
楊副主任は、今回の事件が選挙に影響することはないとして、立候補の意思を曲げていません。彼が候補者となることができるのか、あるいは選挙自体がどのように実施されることになるのか、非常に注目されるところです。
【続報】
3月19日に陸豊市人民検察院が公表した情報によれば、もう一人の村民委員会副主任の
洪鋭潮も、楊副主任と同じ収賄の疑いで18日に拘留されたそうです。
また、妻子をともなって米国に旅行に出ていた村民委員会委員の庄烈宏も、予定が過ぎて
も帰国せず、海外メディアによれば、米国に政治亡命を申請した、と伝えられています。
楊色茂 洪鋭潮 庄烈宏
【続報2】
3月31日に村民委員会の選挙が予定通り実施され、林祖恋主任が再選されました。対立候補
と見られていた楊色茂副主任は、主任および副主任の選挙でいずれも落選しました。
選挙は前回と同じく、候補者を定めず自由投票でおこなう、いわゆる〔海選〕方式で実施され
ましたが、林主任以外は過半数を獲得できなかったため、2名の副主任および4名の委員は4
月1日に再投票がおこなわれることになりました。
注:投票は、主任、副主任、委員に分けておこなわれます。
定員は、主任1名、副主任2名、委員4名ですので、投票用紙にはこの数だけ記名枠があり、有権者1名は
各自が7名の名前を記入して投票します。
候補者は特定されていないので、自由に記名し、当選には投票数の過半数の得票が必要なので、当選者が
決まるまで投票を繰り返します。通常は3回までの投票で決まるように、2回目の投票からは獲得票数の多い
順に候補者を一定数まで制限する方法が一般的です。
【続報3】
2014年10月中旬、収賄の疑いで拘束されていた、烏坎村の楊色茂・前村民委員会副主任と洪鋭
潮・同副主任の家族のもとに、地元法院から判決書が届いていたことが明らかとなりました。判決は、
楊が懲役2年、洪が懲役4年とのことです。
洪は現在の村民委員会でも副主任に当選していましたので、この判決で事実上退任することになっ
たわけです。
洪の姉はメディアの取材に対し、両名は3月の改選選挙の際に、当局から候補者を降りるように説
得されたにもかかわらず、これを拒否したため、その報復を受けたのだろう、と語っています。
【続報4】
2016年7月29日に、収監されていた楊色茂・前村民委員会副主任が、刑期満了により釈放されまし
た。健康状態に問題はないとのことです。
【参考ページ】
烏坎村の土地問題については、こちら
【参考文献】
烏坎村の問題については、『はじめての中国法』で詳しく説明しています。
村民委員会の選挙問題=第6章 土地問題=第13章
人民大会堂大会議場で開催される全国人民代表大会
最高人民法院
2015年6月11日に、第1審判決を受けた周永康
人民大会堂大会議場で開催される全国人民代表大会