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                                      消えた被告人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                             宣伝に一役買った人気コメディアンの趙本山

 

 

1.蟻の養殖事業 

  2007年11月20日、遼寧省瀋陽市は早朝から異様な雰囲気に包まれていました。同市にある蟻力神天璽集団会社の本社ビルをめがけて、省内各地から続々と人が集まり始め、いつのまにかその数が数万にも膨れ上っていたからです。

  蟻力神天璽集団会社というのは、「蟻力神」というブランドの滋養・強壮剤で知られる健康食品メーカーですが、同社の経営不安説が伝えられたことを心配して、これらの人びとは集まってきたのです。

  「蟻力神」とはその名の通り、蟻から採取した蟻エキスを原料とする製品で、集まってきたのは同社と契約して蟻を養殖していた人たちでした。ただし、彼らが心配したのは、養殖した蟻を買いとってもらえなくなるかもしれない、ということよりも、投資資金を回収できなくなるかもしれない、ということだったのです。

  彼らは、蟻の養殖を請け負うにあたり、保証金として1口につき1万元を支払い、1年余りの養殖期間を経て納品すると、1万3000元ほどを受け取れるという契約につられて、これに投資していたのです。

  「蟻力神」社も、この養殖事業は蟻の養殖そのものが目的ではなく、これを利用した資金運用にあったようで、数十万の養殖家から200億元あまりを集めていた、といわれています。 

 

 

 

 

 

 

 

                      

                                                 蟻力神の本社ビル前に集まってきた養殖家たち

 

2.詐欺事件に 

  ところが2004年11月に、米国の食品医薬品局(FDA)が、そのWebサイト上で、「蟻力神」にはバイアグラと同じ成分が含まれていることを明らかにし、使用について警告を発したことから、天然成分を売り物にしていた同製品に疑念が生じ、同社は急激に売り上げを落としていました。

  資金繰りに行き詰った同社は、とうとう2007年11月に破産を申請するに至りました。しかしその結果、同社の養殖事業は契約にかかわる詐欺などにあたると認定され、王奉天董事長ほか関係者54名が逮捕、起訴されるという事件に発展しました。

  さて、ここまではよくある事件のひとつに過ぎない話なのですが、この事件が奇怪なのはここから先の展開です。

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                               王奉天董事長

 

 

3.公表されない判決 

  数十万人という数の被害者を出したこの詐欺事件は、全国の注目を集めるなか、2009年5月に瀋陽市中級人民法院で裁判が始まりました。ところが、中国のメディアが伝えているのはここまでで、その後は裁判がどうなったかなど、まったく情報が出なくなってしまいました。

  唯一、『南方週末』が2011年4月23日の記事で、同年3月に「長年困らせてきた“重荷”に判決が出た」と伝えていますが、判決の内容については何も述べていません。

  公式の文書では、「瀋陽市中級人民法院2012年活動報告」のなかで、重大事件のひとつとして言及され、「1億元近い資産を差押えた」と報告されていますが、ここでも被告の量刑については記されていません。

  この事件に限って、なぜ判決内容が公表されないのでしょうか? 法律は、判決の公開を義務づけているのですが。

 

4.公平ではない裁判 

  この事件についてはもうひとつ、被告の罪状がなぜ契約詐欺罪とされたのかについても、疑問が投げかけられています。

  というのもこの時期、同じ遼寧省の営口市にある東華集団という会社が、「蟻力神」とまったく同じ手口で、10万人余りの養殖家から30億元近くを集めたあげく、破綻したのですが、2007年2月に営口市中級人民法院は、主犯の汪振東董事長について、違法な資金集めによる詐欺罪を適用し、死刑判決を下していたからです。

  事件の内容がうり二つなのに、なぜ「蟻力神」事件には契約詐欺罪が適用されたのか、これは誰もが疑問に思うところです。なぜなら契約詐欺罪の最高刑は無期懲役で、死刑はないからです。被害者の数、その金額ともに、「蟻力神」事件のほうが10倍近い規模であるにもかかわらず、刑が軽いのはなぜなのか?

  しかし今のところ、この疑問に答えてくれるような情報はありません。

 

5.薄熙来の影 

  そこでここからは想像力をたくましくして推測するしかないのですが、考えられるひとつの可能性は、薄熙来との関係です。 「蟻力神」が躍進をしていた時期、彼もまた大連市長、遼寧省長、国務院商務部長と躍進していました。

  大連市長時代から王奉天董事長とは親しい関係にあったとされ、商務部長だった2006年には、当時まだ厳しく制限されていた国内メーカーの直接販売権が、「蟻力神」に与えられています。これは、西洋医薬の成分が含まれていることが明らかになり、「蟻力神」が売り上げを落としていた時期でもあったので、商務部のこのような対応には批判が寄せられました。

  薄熙来が、後に重慶市党委員会書記に転出させられたひとつの理由に、この事件の影響を指摘する見方もあります。

 

6.何を隠しているのか?

  中国は、かならずしも情報が自由に流通する社会ではありませんが、社会的に注目を集めた裁判の判決が報道されないという事例は、おそらく他にはないものと思われます。 

  このことが明らかにしているのは、情報隠しは党中央のしかるべき担当部署で決められたはず、ということと、そこには政治的な問題がかかわっているはず、という2点です。

  この事件の被害者たちは、国の管理責任も問題にして、国家機関に対して陳情〔上訪〕 する動きを見せていたため、その数の多さから混乱を恐れた政府は、これを厳しく抑制しました。同じ理由で、裁判にかんする報道が規制された可能性はありますが、それだけで判決が公表されないというのは、ちょっと考えにくい気がします。

  やはり、ここでも残る可能性は、薄熙来 → 周永康が裁判に圧力をかけた、という説です。

「蟻力神」が違法に集めたとされる200億元のうち、1億元は国によって押収されたとのことですが、残りの部分はどこに行ったのでしょう?

  判決を明らかにできないのは、この点の説明を公にできないからなのではないでしょうか?

  本件では、判決が公表されないこともあって、逮捕された後の王奉天被告の動静についても、まったく情報がありません。有罪判決を受けたものと思われるため、通常であれば収監されているはずです。 また、収監された受刑者の動静が報道されないのは普通のことなのですが、死亡説、国外逃亡説なども含め、さまざまな憶測が流布されているのは、上記の疑惑に加え、公判開始後から、王被告が実際に出廷したのかもが明らかではないからです。

  薄熙来、周永康の失脚によって、これらの疑問が解消される日は来るのでしょうか。 

 

 

 

 

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