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                                南海本田スト後日談

 

 

 

 

1.賃金倍増

  2010年5~6月に、2週間以上に及ぶストライキがおこなわれ、世界の注目を集めた南海本田ですが、それから1年も経たない2011年2~3月に、再び賃上げ交渉がおこなわれました。前回の賃上げ交渉では、長期の部品生産停止が完成車の減産を招き、また従業員と労働組合が暴力抗争を引き起こすなど、混乱状態に陥りましたが、今回は集団交渉によって平穏に妥結しました。。

  前回の賃上げは約500元に達し、30%強という高率が世間を驚かせましたが、今回労働者側が提示した要求額は、前回の要求額800元を上回る880元でした。会社側が示した第1次回答も430元という相当な高額で、賃上げ水準の高まりを実証するものでした。

  労使交渉は、2月15日、25日、3月1日の3日間、計5回おこなわれ、双方の協議により、610元で妥結に至っています。こうした経緯を見る限り、前回の経験が教訓として生かされたことは明らかでしょう。2回の賃上げによって、2010年のスト前に1500元だった従業員の賃金は、2600元へとほぼ倍近くまで急増したことになります。

  これだけでも十分驚きに値する賃上げですが、なんと今回の交渉過程で労使双方は、2013年までに3500元まで引き上げることで合意したそうです。仮にこれが実現すれば、3年間で130%を超える賃上げということになり、驚きを超えた衝撃というべきかもしれません。前回のストにおける、50元~100元をめぐる攻防はなんだったのかと、あらためて時代の変化を痛感させられます。

 

2.ストライキ権について立法を提案

  ところで、前回のストによる混乱を収拾するため、途中から調停人として参加し、見事に交渉を取りまとめ、一躍有名になった曾慶洪広州自動車集団総経理は、2月25日に行われた交渉にも飛び入り参加した、ということですが、今回はとくに交渉に介入することはなかったようです。しかし、彼は前回の交渉での経験をもとに、労使交渉ではストは避けられないものであると同時に、労働者の権利保護という面では必要でもあるとの結論に至ったそうです。

  そこで、全人代の代表でもある曾総経理は、3月に開催された全人代会議では、労働者のスト権について定める立法をおこなうよう、提案書を提出したとのことです。曾総経理のパートナーとして、また労働者側顧問として、スト収拾にあたった常凱中国人民大学教授も、スト権支持派ですので、この点でも両者は意気投合したようです。

  ストライキのことを中国語では〔罷工〕といいますが、現状ではこれを違法行為とする見解が多数派を占めており、南海本田の前回の争議でも、労働組合の弁護士が違法行為はやめるように、と呼びかけたことが、労働組合と従業員の決定的離反を招くきっかけとなりました。従業員側も公式には彼らの行為を〔罷工〕とはせず、労働組合法などが認める〔停工〕(生産停止)と表現していました。

  そのように現状では、ストライキの合法性に疑問があるため、労働者側もストは強制的弾圧を招く原因にもなりかねない、と慎重な姿勢を保っていますが、スト権容認論が強まると、ストをしやすい環境が生まれてくるかもしれません。2010年春の各地におけるスト騒動以降、当局による報道規制のため、ストにかんするニュースはほとんど伝わってきませんが、曾総経理は『南方日報』記者のインタビューに答え、2011年春節の前後にもストが発生したことを

認めています。

  本田系列の八千代工業でも、4月に1日だけですが、ストが起きており、その経緯はHNKの特別番組で報道されました。(「ドキュメンタリーWAVE「中国“春闘”最前線~日系企業は何を突きつけられたか~」、放送日: 2011年5月1日)

 

 

 

 

 

 

 

 

                                  

                                 曾慶洪広州自動車集団総経理  汽車網から

 

 

3.スト権論争に変化?

  中国でスト違法説が有力なのは、75年、78年憲法がスト権を明記していたのに対し、現行の82年憲法がそれを削除してしまったからです。最初の54年憲法にも明文の規定はなく、82年憲法は54年憲法を踏襲した部分の多い憲法ですので、この点もそうした方針にしたがったものと思われます。

  憲法に規定のないことと、それを根拠に、スト違法説を主張するのは、やや論理に飛躍があります。というのも、54年憲法がスト権を規定しなかったのは、社会主義国家では企業の主人公は労働者自身であるから、その企業で労働者がストをするのは変だし、それをあえて権利として認めるのも変だ、という考え方にもとづいています。つまりストをする必要性はないはずだ、というのであって、ストを禁止する、という考えにもとづいているわけではありません。

  2007年に制定された労働契約法は、そうした労働者主人公説を排し、労使関係を対立関係においてとらえる考え方を持ち込んでいますから、スト権を認めるべきだという議論に一定の根拠を与えているともいえます。労働契約法の立法にかかわった常凱教授が、スト容認論を主張するのは当然でもあるのです。

  曾総経理の提案は、そうした労働法学界のスト論争に、大きな一石を投じるものとなることは間違いないと思われますが、彼の提案はそうした法学論争とは次元の異なるところから出てきたものです。

 

4.労働組合には限界

  曾総経理はまず、現状においてストは避けられない問題である、との認識を示していますが、その根拠には、労働組合の機能低下という問題が存在しているものと推測されます。彼自身はそこまで明言していませんが、労働組合が従業員代表としての役割を果たせていないことが、ストを引き起こす大きな要素となっている現状は、南海本田などの事例が証明しています。

  国有企業の従業員は勤続年数も長く、労働組合を中心とする組織のなかで働くことに慣れており、その体制についてもよく理解しているわけですが、南海本田のような外資系企業の場合は、短期雇用の従業員が中心となり、労働組合のない企業も少なくありません。たとえ労働組合があっても、その役割について理解していなかったり、加入していないなど、国有企業とはまったく異なる環境にあると言えます。さらに「80后」と称される若い世代は、そもそも中国共産党や社会主義といったことにも、関心や知識を持っていないという問題があります。

  そうした若い労働者にとって、労働組合は自分たちの代表というより、企業の味方と感じられてしまうようです。中国の労働組合には、争議が発生した場合、早期の収拾が義務付けられているため、企業側と協調的になりやすいという側面がありますが、そこが若い労働者たちにとっては不満なところなのです。

  おそらく曾総経理は、彼自身の経験から、若い労働者たちの不満の解決を労働組合にだけ押し付けていては、問題解決は難しいと理解したのだと思います。スト権を認め、しかし、法律によってルール化する、という彼の提案は、すぐれて現状に見合った現実的提案と評価できるのではないでしょうか。

  最後にひとこと注釈を。彼はその提案書で、スト権をわざわざ「経済的スト権」と表現しています。これは、認めるべきは経済的な問題についてのスト権に限られ、政治的な問題に由来するストは含めるべきではない、という含意と解釈されます。このあたりはさすが、全人代代表になるくらいの人物ならではの気配りと、感心する次第です。

 

 

 

 

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