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                                日本人スパイ事件

 

 

 

1.民間人4人を拘束

 2015年9月末に、中国で2人の日本人がスパイ容疑で拘束されていることが明らかにされました。その後さらに2人が拘束されていることも判明し、現時点では計4人が拘束中ということになります。

 中国で日本人がスパイ容疑で拘束されたり、有罪判決を受けたりした事例はこれまでにもいくつかありますが、彼らの大半は自衛官や外務省などの政府職員か新聞記者であり、今回のように一般の民間人がスパイ容疑で拘束された例は、きわめて珍しいと言えます。もっとも、一部の報道によれば、そのうちの何人かは公安調査庁の依頼を受けていた、ということのようですので、純粋に民間人とは言えないのかもしれません。

 この事件で注目されているのは、中国が2014年11月に制定した「スパイ取締法」〔反間諜法〕で、この法律の制定によりスパイ活動に対する規制が格段に厳しくなったのでは、という見方が広まっています。まず、この点から検討していくことにしましょう。

 

2.スパイ取締法と国家安全法

 この法律は、じつははじめて制定されたものではなく、1993年に制定された国家安全法という法律を改正したものなのです。ところが、2015年7月には再び国家安全法という法律が制定されており、名称だけから判断すると、こちらの方が旧法を改正したものではないか、と思われてしまいそうです。

 ですが、内容的に見ると旧国家安全法は、その主要な対象がスパイ活動の規制に充てられており、スパイ取締法と称してもおかしくないものでした。じっさい、その草案段階ではスパイ取締法という名称が付けられていたのですが、採択段階で国家安全法に改められたのです。おそらくスパイ取締法というより国家安全法とした方が対外的なイメージが良い、という政治的な判断が加えられたのではないでしょうか。

 今回の法改正では、IT時代の情報戦や知的財産関連の産業スパイ、対テロ対策など、旧法には欠けていた現代的な諸課題への対応が試みられていますが、同時に本法をスパイ規制法に特化させ、その他の国家安全関連の問題を切り離したことが、大きな特徴となっています。したがって、新たに制定された国家安全法は、旧法を引き継ぐものではなく、国家の安全問題にかかわる全般的な分野を対象とした、いわば国家安全基本法的な内容のものとして、まったく新規に制定されたものなのです。

 

3.中国からみた日本のスパイ

 ところで2015年10月13日の新華網に、「スパイの影濃く、日本情報機関の秘密を暴く」〔谍影重重 日本情报机构揭秘〕と題する文章がアップロードされたのですが、今回の事件に対する中国の見方を知るうえで参考になる内容ではないでしょうか。

 そこでは、日本が公安調査庁、内閣情報調査室、外務省、防衛省など多くの情報機関を抱え、スパイ、軍事、経済などさまざまな情報収集活動をおこなっている、と指摘しています。そのうえで、2013年に国家安全保障会議が発足し、その下に国家安全保障局が設置されたことにより、情報収集活動が強化され、スパイの養成にも注力されるようになっている、という見方が示されています。

 今回拘束されている民間人が、公安調査庁の依頼を受けている、という情報は、中国のこうした見方と繋がっているのかもしれません。

 2006年に北京高級人民法院は、日本大使館書記官と日本の新聞記者3人をスパイと認める判決を下していますが、そのなかで外務省の国際情報統括官組織を、「スパイ組織」と認定しています。もっとも、スパイと認定された書記官などは具体的な処分を受けたわけではなく、スパイであることとスパイ活動をおこなうこととは、明確に区別されているわけです。

 つまり、スパイ取締法が規制の対象としているのは、違法なスパイ行為であって、当該人物がプロのスパイであるか否かは関係ありません。法律がスパイ行為とみなしている行為をおこなった場合には、民間人であろうと観光客であろうと、スパイとして逮捕される可能性があるわけです。

 

4.行動には注意を

 よく話題になるのは、知らないうちに立ち入り禁止区域に侵入して、咎められることです。中国の観光地には軍事施設に隣接しているような所も少なくありませんので、道を外れて施設内に迷い込んだり、あるいはカメラで施設を撮影してしまったりしたことが問題になった事例は少なくありません。

 日露戦争の舞台として知られる大連市旅順口区の203高地は、多くの日本人観光客が訪れる観光地のひとつですが、もともと海軍の施設内に位置するため、観光地として開放されている地域の周辺は、すべて立ち入りが禁止されています。しかし、その境界に塀や有刺鉄線が張られているわけではないので、目視で境界を確認することはできません。おそらく、うっかり間違えて立ち入ってしまっても、それだけで厳罰に、ということにはならないでしょうが、場合によっては相当面倒なことにもなりかねない、という自覚だけは持って行動する必要があるでしょう。

 話が脇道に逸れてしまいましたが、今回のスパイ事件は、中国が日本のスパイ活動を活発化しているとみなして警戒を高めていることの証、ということなのかもしれません。仮にそうだとすれば、中国を訪れたときは、たとえ観光が目的であったとしても、上述のような行為は絶対にしないように注意する必要が、これまで以上にあるということではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                203高地から眺めた旅順港

 

 

 

 

 

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