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                                  急増する労働争議

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                           

 

                                                   広東省仏山市の南海本田工場でのストライキ(2010年5月)

 

 

 

・労働契約法が引き金に

  2007年に労働契約法が成立(2008年1月1日施行)して以降、中国では労働争議が急増しています。 下の表は、全国各地の労働人事争議仲裁機関が処理した争議の処理件数を示したものですが、1995年が約3万件であったことと比較すれば、その急増ぶりが理解されるでしょう。

  このほか、全国の法院が受理した労働争議案件は、2008年には28万件余りに達し、前年比94%増を記録しましたが、2009年上半期は約17万件で、前年同期比30%増と、増加スピードは落ちたものの、急増ぶりは目を見張るものがあります。2009年の労働人事争議仲裁機関による処理件数が若干減少したのは、労働争議がより深刻化していること、 仲裁機関による仲裁が労働者側に不利だとする見方が広まったことなどが影響して、法院による解決に持ち込まれるケースが増えている、という解説もあります。いずれにしても、仲裁、訴訟の両方を合わせると、年間の争議は優に100万件を超える数となっています。 

  とりわけ、最近は争議の規模が拡大し、全体からみればごく少数ですが、ストライキや工場などの占拠という実力行使に訴え、ときには施設の破壊など暴力化するケースもあり、労使対立の様相は深刻化、過激化する傾向が顕著になっています。     

   

           2007~2009年 労働人事争議仲裁機関労働争議処理件数

 

 

 

 

                          『人力資源および社会保障事業発展統計公報』各年版より作成。

                         * 処理件数には、労働人事争議仲裁機関が処理した、事前調停および仲裁の、すべての件数を含む。

                         2006年版以前の『統計公報』には、事前調停の件数が含まれていない。

 

 2010年に入ってからは、台湾から進出し、i Podの生産拠点として知られる富士康(フォックスコン)深圳工場での相次ぐ従業員の自殺事件や、ホンダ自動車仏山工場でのストライキによる操業停止事件などが発生しましたが、いずれも過酷な労働条件や低賃金が労働者の不満を爆発させたとして、大幅な賃上げによる解決が実現したため、これらが誘因となって、外資系企業、とりわけ日系企業で、ストライキが多発する事態にもなっています。

  労働争議の急増が、労働契約法の制定を契機としていることは否定できず、同法が労働者の権利保護をより明確に打ち出したことが、彼らの権利意識の向上に大きく貢献したことは間違いありません。

 

・ストライキ権は認められているか

  ところで中国では建国以来、4つの憲法が制定されていますが、1975年、1978年憲法では、明文によってストライキ権を認めていました。これに対し、1954年と現行の1982年憲法では、ストライキ権は削除されています。1982年憲法がストライキ権を削除した際には、ストライキ権を認めた前の2つの憲法は、文革的「極左」思想の表明であると批判していました。

  「極左」思想であるか否かは別にして、社会主義国家でストライキ権は必要ないという考え方は、国有企業は労働者のものであり、労働者が主人公である企業で、ストライキをする必要はない、という理屈にもとづいています。しかし、国有企業でもやはりその実態は、経営者と従業員とに分かれており、労働者は経営者でもある、というわけにはいきません。

  とくに労働契約制度が導入された1986年以降は、形式的にも契約にもとづいて雇用されている労働者の立場が明確にされており、労働者の権利はこれを前提として成立するものといわねばなりません。

  中国の労働者にストライキ権は認められているか、という問題の解釈については、研究者のあいだで意見が分かれています。否定説は、憲法がこれを削除していることを根拠としています。これに対し、肯定説にはいくつかの意見があります。まず、憲法は明文で認めていないとはいえ、禁止しているわけではない、という解釈をとる意見があります。これだけですと、ちょっと苦しい解釈論のように聞こえますが、1992年に制定された労働組合法(2001年改正)の第27条が、操業停止、サボタージュを労働者の権利として認めていることを根拠に、操業停止〔停工〕とストライキ〔罷工〕は同じ意味と解釈する意見もあり、この見解は少し説得力があるように思われます。

  いずれにせよ、現状から判断する限り、政府もストライキを直ちに違法行為とする対応をとっているようには見えません。報道規制が実施されているため、詳細が明らかではありませんが、おおむね国有企業におけるストライキには厳しい規制があるものの、外資系企業などでは容認されているといった、対応の違いもあるようです。しかし、相対的に労働環境がよい外資系企業でストライキが容認されるようなら、いずれ国有企業にも拡大していくことは避けられないように思われます。中国政府としては、その対応に自信が持てない限りは、あえてストライキ権を公認するようなことはしたくない、というのが本音ではないでしょうか。

 

 

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