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                            中国高速鉄道事故の賠償金

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2011年7月29日、新華社電は、7月23日に温州市で起きた高速鉄道事故の死亡者に対する賠償金が、当初提示されていた50万元から91.5万元へと増額された、と伝えました。信号機の故障で立ち往生していた列車に後続列車が衝突して、200名余りの死傷者を出した悲惨な事故の犠牲者に対する賠償金としては低すぎる、という批判が高まっていたこともあり、この賠償金引き上げは、世論の鎮静化を狙ったものと受け取られています。

 経済発展に合わせて、近年著しく高額化する中国の損害賠償金ですが、ここではその賠償額がどのように算定されているのか、法律的な根拠を含めて検討してみることにしましょう。

 

・航空機墜落事故の賠償金

  まず、当初提示されていた50万元という賠償額は低すぎるという意見は、2010年に黒龍江省で起きた航空機事故の賠償額96万元に比較して、半額にしかならないという点を根拠にするものが多かったようです。この航空機事故とは、2010年8月24日に、黒龍江省伊春空港で起きた河南航空機の墜落事故を指しており、この事故の死亡者には一人当たり96万元の賠償金が支払われました。

  この航空機事故の賠償額は、2006年に中国民用航空総局が定めた、「国内航空運輸業者賠償責任限度額規定」にもとづいて算出されています。同規定によれば、死亡賠償最高額は40万元で、これに携行品損害賠償3000元、預入荷物損害賠償金2000元が加算され、40.5万元が最高額ということになります。ただし、実際の賠償額算出に当たっては、2006年以降の物価上昇が考慮され、上記賠償額は59.23万元に引き上げられました。これに、遺族に対する生活保障手当、慰謝料など35万元余りを加算し、計96万元となったものです。

 

・鉄道事故についての賠償規定

  以上の金額は航空機事故のもので、鉄道事故とは異なります。鉄道事故の場合は、2007年に国務院が公布した「鉄道事故救急調査処理条例」にもとづいて処理されます。同条例によれば、鉄道事故はその被害規模によって4段階に分かれていますが、今回の事故は30人以上が死亡という、最高レベルの特別重大事故に相当します。また、賠償額については、死亡者に対する最高額は15万元とされ、これに携行品損害賠償2000元が加算されます。

  さらに鉄道事故の場合は、1992年に定められた「鉄道旅客不慮傷害強制保険条例」によって、強制保険が掛けられており、死亡事故に対しては最高2万元が支払われます。ちなみに、この強制保険は乗車料金に含まれており、料金の2%が保険料ということです。したがって、これらを合計すると、17.2万元が賠償金の限度額ということになります。鉄道部関係者の説明によると、これに加えて遺族に対し、20万元の保険金が支給されるとのことですが、その根拠は明確ではありません。また、同条例については、2009年に改正された保険法とのあいだに矛盾する点がある、との指摘も出ています。

  しかし、そうした点はさておくとして、以上の合計37.2万元に、葬儀費用や遺族に対する交通費、生活補助費などを加えて、45万元という額が算出されたとのことです。また、これに早期解決奨励金として5万元の加算が提示され、遺族との補償交渉に奨励金とは無神経すぎる、との批判が高まっていました。

 

・契約法ではなく不法行為法で

  それでは、奨励金を含めた50万元という賠償額が、なぜ急に倍近くに跳ね上がったのでしょうか。

  まず、「鉄道事故救急調査処理条例」についてですが、同条例の規定では、賠償金は契約法にもとづく違約責任として支払われることになっています。そのため、遺族との話し合いの過程では、不法行為法にもとづく損害賠償として請求したいという意見が提出され、政府として関係法規を検討した結果、「被害者に有利に」という原則にしたがい、不法行為に対する損害賠償として支払うことで合意が成立したということです。

  これは、いわゆる請求権の競合という問題で、違約責任にもとづく損害賠償請求権と、不法行為にもとづく損害賠償請求権が同時に存在する場合、どちらか一つの請求権を選択しなければならない、というのが一般的な原則となっています。中国の民法もこの原則に立って、請求権者に選択権を与えています。

  中国の不法行為法は、2009年に制定されたばかりですが、もちろんそれ以前でも、不法行為による損害賠償は、たとえば民法通則(1986年)や製造物責任法(1993年制定、2000年一部改正)などでも認められていました。しかし、不法行為法の制定によって、その権利関係がいっそう明確になったことは言うまでもありません。請求権の競合にしても、同法制定後の2010年に、最高人民法院が「鉄道運輸人身損害賠償紛争案件審理において適用する法律のいくつかの問題に関する解釈」を公布して、上記のような選択権を確認しています。

  不法行為に対する損害賠償となった結果、賠償額は以下のように算出されました。

  まず死亡賠償金ですが、これは20年分のみなし所得ということになっています。この算出方法は浙江省の平均収入が基準とされ、年間2万7359元×20で、計54万7180元となりました。これに葬儀費用1.5万元、慰謝料5万元が加算されています。さらに遺族に対する救助費用への補助などとして、旅費、老人・子供への生活手当、強制賠償保険金、携行品損害賠償などが、計30.3万元となり、以上を合計すると、ほぼ91.5万元になったというわけです。

 

・懲罰的損害賠償はあるか

  違約責任よりも不法行為として賠償請求する方が、一般的には賠償額が高くなりますから、被害者の側としてはどちらかを選択するとなれば、後者を選択するのが当然という結論になります。後者の場合、具体的には、少なくとも慰謝料分がその差になっています。

  ついでながら、不法行為法によれば、この「慰謝料」は、中国語では〔精神的損害賠償〕となっており、いわゆる慰謝料とは考え方が異なる、という意見もありますので、紹介しておきます。

  ちなみに不法行為法は、今回の事故のように、一つの事故で同時に複数の死亡者が出た場合、死亡賠償金は一律に同額とするよう定めています。上記の鉄道事故に関する強制保険条例も、座席や切符の種類に関係なく、保険金は同額と定めていますので、「命の値段は誰も同じ」という考え方は一貫しているようです。もっとも、近年は都市と農村の経済格差を考慮すべきという意見もあり、争点の一つであることは否定できません。しかし、「得べかりし利益」を賠償する、という考え方は否定されているものと解釈されます。

  いずれにしても、遺族が不法行為による損害賠償を選択した結果、賠償額が高くなったことは間違いありませんが、50万元との差額が、すべてそこに起因するものであるかについては、異なる見方があると思われます。

  最後に、不法行為法の注目される点として、それが懲罰的賠償を認めていることはよく知られています。今回の事故について、その原因と責任の解明はまだ始まったばかりで、どのような結論が導かれるかは分かりませんが、すでに疑惑が報じられているように、当局が信号系統の不具合を承知しながら運行させていたなどの重大な過失責任が明らかにされた場合など、はたして懲罰的賠償が検討される可能性はあるのでしょうか。

 

メ モ

  中国の高速鉄道は、中国語で〔高铁〕と略称されていますが、実際には2種類の列車が運行しています。日本式に表現すれば、超特急と特急ということになるでしょうか。〔高铁〕は前者を指し、後者は〔动车〕と呼ばれます。時刻表などを見ればわかりますが、〔高铁〕はG〇〇、〔动车〕はD〇〇という便名で分類されており、走行スピードが異なります。今回の事故は、上記の図によっても明らかなように、〔动车〕同士の事故ですので、正確に言えば、〔高铁〕の事故ではない、と言えるのかもしれません。

 

 

 

 

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