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会社法の課題 ②

 

                         国の支配と株式構造の多元化

 

 

 

1.公有制を主体とする原則

 資本主義と社会主義の基本的な違いは、生産手段の所有を私有とするか公有とするかの違いにあります。中国は1949年の建国直後から所有制の改造に取り組み、1956年にこれを完了して、社会主義社会へ移行しました。

 国有企業はその名が示すとおり、国が所有する企業ですが、改革・開放政策のもとで国有企業改革が本格化した1980年代半ば以降、これを株式会社に改組する実験が始まりました。とはいえ、株式会社は資本主義のシンボルともいえる企業形態であり、一般には私有制を前提として存在していましたから、これを社会主義の中国に導入するには強い反対意見もありました。私有制の株式会社が中国経済のなかで繁栄すれば、中国の社会主義は崩壊する、という主張は、きわめて分かりやすい議論です。

 そこで、こうした反対意見も考慮しつつ、利益追求型の企業形態として、株式会社の良いところを取り入れようと考えた改革派は、「公有制を主体とする株式会社」という妙手を発案して、反対意見を封じようと試みました。株式会社は株式を発行しますが、株主を所有制によって区分し、公有制に属する株主(国有企業や集団所有制企業)が、常に過半を占めることを原則化しようとしたのです。1992年に制定され、会社法の基礎ともなった株式制企業実験弁法、株式有限会社規範意見などは、この原則を前提に構成されていました。

 ところが、会社法草案起草の最終段階で、「公有制を主体とする」原則は放棄され、株式平等の原則がこれに取って代わることになりました。

 そもそも、国有企業を株式会社に改組するメリットとしては、企業経営の効率化のほかに、資金調達の多様化という点も重要視されていました。株式の発行によって、国の財源のみならず、広く社会から資金を調達できるという点は、当時、財政に困窮していた政府としては、何よりの福音でした。ただし1990年頃の中国は、現在からみればまだまだ貧しい国でしかなく、国内で資金を調達することには大きな限界がありました。そこで期待は、海外の証券市場に中国の株式会社を上場させることに向かっていったのです。そのためには、「公有制を主体とする」原則にこだわっているわけにはいきませんでした。こうして株式平等の原則は実現したのですが、反対意見は沈黙したままだったのでしょうか。

 

2.国有株支配の原則

 中国の株式会社は資本主義のそれとは異なり、「公有制を主体とする」社会主義の株式会社であるとして、反対派を抑え込んできた改革派としては、「社会主義の株式会社」とする論拠を簡単に手放すわけにはいきませんでした。

 そこでまたまた妙案が登場することになります。つまり平等化された株式を量的に規制することにより、「公有制を主体とする」を同時に実現しようというわけです。

 1993年に会社法が成立した後、1994年に制定された「株式有限会社国有株管理暫定弁法」は、国有企業から改組された株式会社の株式構成について、一部の例外を除き、以下のいずれかに区分されると定めています。

 ① 絶対的支配の株式会社=国有株の比率が50%を超える会社。

 ② 相対的支配の株式会社=国有株の比率は30%以上50%以下であるが、株式を分散させることにより、国が株式会社に対して支配的な影響力をもつ

   会社。

   (国有株とは、国が直接保有する国家株と、国有企業などが保有する国有法人株を合わせたもの)

 当初は矛盾すると考えられていた「公有制を主体とする」原則と株式平等の原則を両立させた、見事な妙案というほかありません。

 しかしこの妙案によって、株式会社はそもそも改革の発端となった所有権と経営権の分離という課題について、大きな障害を抱え込むことになってしまいました。

 話がまた振り出しに戻ってしまいますが、株式会社のメリットのひとつとされた企業経営の効率化という問題の核心には、所有権と経営権の分離という国有企業改革の課題が存在していました。すなわち、国有企業を活性化するためには国の所有権と企業の経営権とを分離し、国が個々の企業の経営に介入しないようにしなければならない、と考えられていました。中国では1986年に、それまでの国営企業から国有企業へと呼び方を変えていますが、これもそのような考え方を反映したものです。

 上記「暫定弁法」は株式会社の発行株式に占める国有株の割合を規制したものですが、基本的には国が株主として過半数またはほぼ3分の1以上の議決権を有するよう義務づけているわけです。そのような状況のもとで、国から自立した企業経営は可能なのでしょうか。

 

3.株式構造の多元化

 1993年の会社法には、3種類の企業形態が規定されています。* それは国有独資会社、有限責任会社、株式有限会社の3つですが、国有独資会社は有限責任会社の特殊形ですので、実質は2種類ということになります。我が国との比較でいえば、有限責任会社は有限会社に、株式有限会社は株式会社に類似しています。中国で一般に株式会社という場合には、会社法上の会社を指して言うため、有限責任会社も株式会社ということになりますので、この点は注意が必要です。

 したがって、国有企業を株式会社に改組するということを、すべて我が国のような株式会社(すなわち株式有限会社)に改組することである、と誤解してはいけません。実際のところ、大型の国有企業はほとんどが国有独資会社化有限責任会社に改組されており、株式有限会社に改組されているのは中型以下の企業が中心です。

 国有独資会社はその名のとおり、国だけが株主ですし、有限責任会社も従業員持ち株制を採用している場合を除いて、個人の株主は存在しません。ですから、国有株の比率が問題となるのは、基本的に株式有限会社に限られますが、非上場の場合は、これまた個人株主は基本的に排除されています。

 現在、中国には上海と深圳に証券取引所が開設されていますが(香港の証券取引所は海外市場の扱いとなっています)、ここには合わせて1600社余りが上場しています。このうち、およそ3分の2が国有企業から改組された株式会社ですが、それらが発行した株式のおよそ60%が国有株で占められています。

 以上のことから明らかなように、国有企業が株式会社に改組されたといっても、大半の株式は国によって直接、間接に保有されたままですし、わずかに市場で株式を流通させている上場会社にしても、60%は国が保有しているのですから、国有企業の株式会社化によっても、所有権と経営権の分離はほとんど実現していないのが現状といえるでしょう。 一言でいえば、「国有企業のような株式会社」ということになるでしょうか。

 しかし、中国政府自身もこの状況を漫然と受け入れているわけではありません。改革の方向としては、大型国有企業も、国有独資会社 → 有限責任会社 → 株式有限会社、という手順で改組をすすめ、最終的には大半の企業を株式有限会社に転換し、主要な部分を上場するというプランを描いていますが、その実現にはまだ遥かに長い時間がかかりそうです。さしあたりの目標として設定されているのは、上場会社における国有株を市場で売却し、国有株の比率を引き下げることにより、株式構造の多元化を実現することです。国が絶対的支配株主として君臨する状況を是正できれば、所有権と経営権の分離という改革の達成に、少しは近づけることになるからですが、この施策の実行も、すでに10年来取り組まれているにもかかわらず、めぼしい成果を上げることはできていません。

 会社法の制定からすでに17年が経過し、全面改正からも5年が経ちました。中国株は世界的な不況のなかでも健闘しているようですが、企業改革という本来の任務では、まだしばらくのあいだ暗中模索が避けられそうもありません。

 

  *2005年の法改正によって、一人会社が新たに規定されています。

  国有株の売却問題についてはこちら    国有株比率は“なぜ”引き下げなければならないのでしょう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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