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                                 農村戸籍と選挙権

 

 

 

1.出稼ぎ労働者と選挙権  

  中国の選挙権は戸籍の所在地でしか、行使できません。日本では戸籍のほかに、住民票があって、選挙権は基本的に住民票の所在地で行使しますが、中国では戸籍制度に統一されているため、居住地を変更しても、簡単に戸籍を移して、居住地で投票する、ということはできません。

  1980年代以前の中国では、そもそも居住地を変更するということがほとんど行われなかったため、戸籍の所在地とじっさいの居住地が異なるということは、まず考えられませんでしたが、改革・開放以後は出稼ぎ労働者などが増えたため、普遍的な現象となりました。

  中国では、行政的に国土を都市と農村に分割し、それぞれの住民に都市戸籍と農村戸籍とを与えています。ここで問題なのは、農村戸籍を都市戸籍に変更することが厳しく制限されていることです。これは農村人口が都市へ流入することを抑制するための政策として実施されてきたものですが、改革・開放以後は経済の急速な発展を支えるため、出稼ぎ労働が黙認されるようになりました。農村から都市に出稼ぎに行く労働者の場合、上述の理由で都市戸籍を取得することができないため、一定期間都市に定住しても、「出稼ぎ」という境遇から抜け出すことは不可能に近いのが現状です。したがって、出稼ぎ労働者が選挙権を行使するためには、選挙がおこなわれるときに出身地へ帰郷するほかありません。

 

2.農村への流入人口と選挙権

  戸籍の変更で制限されているのは農村から都市への場合だけで、都市から農村へ、あるいは都市間、農村間の移動は制限されているわけではありません。近年は戸籍の移動に制約はあるものの、居住地を移動すること自体はほとんど自由に行うことができるため、出稼ぎは都市のみが対象ではなく、経済的に発展した農村にも、多くの人口が流入するようになっています。農村への戸籍の移動は、法律上制限されているわけではないので、手続きさえ行えば可能なはずですが、じっさいにはこれを認めない場合が圧倒的です。

  新しく村に移住してきた人々を現実には受け入れる一方で、彼らに戸籍を与えない理由は、農村の土地制度にあります。農村の土地は、村民による集団所有とされているため、村民には平等に土地が配分される仕組みになっています。つまり、新しく戸籍を取得した人には、村民と等しく土地を分配する必要が生ずるのです。

  ここまで説明すれば、もうお分かりと思いますが、新しく住み着いた人々に土地を分配することによって、自分たちの配分された土地が狭くなることを嫌う、もとから住んでいる村民たちが、新住民に戸籍を与えることに反対しているのです。もちろん、このようなことは法律上許されることではありませんが、生活に直結する問題でもあるだけに、簡単には解決できない問題となっています。

  土地の問題自身は、請負経営権が30年間と定められているため、現時点で直ちに解決をはかることはできませんが、2010年代にはこの問題に直面する農村が順次あらわれてくることになり、その動向が注目されます。

  選挙の方は、もっと頻繁に行われているため、戸籍が与えられないために選挙権が行使できない問題は、さし迫って解決が必要な課題となっています。この問題の違法性を政府が明確に認識し、強制的に戸籍を付与すれば解決することはできますが、土地問題との関連で、どのような騒ぎが起こるかも知れず、政府も解決に二の足を踏んでいる状況といえます。

 

3.村民委員会組織法の改正案

  今回、全人代常務委員会に上程された村民委員会組織法改正草案で注目されるのは、この問題に対するひとつの解決策が提起されている点です。

  草案は、「その村に戸籍がなくとも、その村に1年以上居住し、本人が選挙に参加することを申請して、村民会議または村民代表会議の同意を得た」村民は、選挙民登記をしたうえで、選挙に参加できる、と規定しています。(第13条3号)

  この規定は、明らかに、選挙権の問題を戸籍や土地の問題から切り離すことによって、解決しやすくしようとするものですが、後者の問題から生じている違法状態を容認することにもなり、その評価は難しいところです。

  一方、すでに公表されている人民代表大会代表の選出にかんする選挙法の草案に、このような規定は見当たりません。国の組織である人民代表大会と自治組織にすぎない村民委員会とで、差別化するということなのでしょうか。あるいは、最終的には統一がはかられるのでしょうか。

  都市戸籍と農村戸籍による二元的管理体制は、計画経済時代の名残りでもあり、経済の発展とともにその必要性は失われつつあります。戸籍の統一を目指した改革は、すでに10年を超える歴史を刻み、中小の都市や南方沿岸部では、改革の成果として戸籍の統一を実現した地方もありますが、全国的な改革はいまだ達成されず、戸籍法の制定も実現していません。繰り返すまでもなく、統一戸籍制度の実現が困難な理由は、それが土地の所有制度と深く結び付いているからにほかなりませんが、いつまでも解決を先延ばしにできるわけでもなく、残された時間はもうあまり長くはありません。そのように考えれば、上述の改正案の規定は、過渡的、暫定的な解決策にすぎないという点で、さして重要ではないと言えるかもしれませんが、この部分だけでも前倒しで解決を急がなければならないという、政府の危機意識を反映したもの、という点では、注目に値すると思われます。

 

 

 

 

 

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