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                               立退き条例は憲法違反?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   

                                              左から 沈岿、王錫鋅、陳瑞洪、姜明安、銭明星の各氏

 

1.意見書の提出と素早い政府の反応

 2009年12月7日、北京大学法学院の学者5名が、2001年に国務院が制定した、「都市家屋立退き管理条例」(以下、「立退き条例」と略す)は、憲法、物権法、不動産管理法に違反するとして、これ を改正するよう求める意見書を、全人代常務委員会に提出しました。5名は、姜明安教授(行政法)、銭明星教授(民法)、王錫鋅教授(行政法)、沈岿教授(憲法)、陳瑞洪助教授(憲法)で、銭教授以外は憲法、行政法の専門家です。

  彼らが意見書を提出したというニュースが、新聞やインターネットで報じられてから10日も経たないうちに、今度は同条例の改正を担当する国務院法制弁公室が、12月16日に、彼らを含む専門家9名を集め、改正案の検討会を開催したというニュースが報じられました。陳瑞洪助教授を除く北京大学法学院の4名のほか、応松年(元中国政法大学教授、行政法)、薛剛凌中国政法大学教授(行政法)、王利明、王鉄中国人民大学教授、梁慧星中国社会科学院

法学研究所教授(いずれも民法)の5名が、これに参加しました。

  このふたつのニュースを読むと、立ち退き問題の社会的重要性を踏まえ、政府側が有識者からの意見に素早く対応した、というように解釈されますが、事実はそう単純ではないようです。というのも、じつは「立退き条例」はすでに改正の方針にもとづいて、法制弁公室が草案を起草していたからです。

 

2.進まない改正手続き

 「立退き条例」は1991年に制定され、2001年に改正されました。しかし、2007年に物権法が制定されたために、その有効性が問題となっていました。物権法との整合性に欠けるため、2007年10月1日の施行を機に、「立退き条例」は失効したと主張する意見もあります。法制弁公室はこの解釈を否定していますが、物権法の成立に対応するため、2007年8月に改正された「都市不動産管理法」の規定を受けて、法制弁公室が「立退き条例」の改正に着手したことも、見逃せない事実です。法制弁公室は「立退き条例」に代えて、新たに「収用・立退き補償条例」を起草し、同年12月の国務院第200回常務会議に提出しています。上述した12月16日の専門家会議で検討されたのも、この草案です。国務院常務会議では、温家宝総理も同条例の早期制定を強く望んだと伝えられていますが、関係機関の意見調整が難航し、採択が延び延びになっていました。どうやら今回の意見書提出というパフォーマンスは、草案の成立に圧力をかけたい法制弁公室と学者たちの、阿吽の連係プレーだったのかもしれません。

 

3.「立退き条例」のどこが問題なのか

 それでは、「立退き条例」はどの点が、憲法や物権法との関係で問題なのでしょうか。「立退き条例」で問題とされている点は、立退きにかかわる協議の手続きやこれに対する不服の申立て、補償の方法など、いくつかの問題点が指摘されていますが、憲法や物権法との関係で問題とされているのは、不動産の収用が公共の利益を目的とする場合のみに限定されることが、明確でない点です。たとえば、物権法第42条は「公共の利益により必要とされる場合」に限って収用が認められると規定し、「都市不動産管理法」もそのように修正されています。

 ただし、「公共の利益」というだけでは、何がこれにあたるか判然としないという問題が残ります。中国では、経済の発展も公共の利益につながるという主張に従って、あらゆる開発、建設事業が野放しに認可されることが問題点として指摘されており、「立退き条例」ではこの点を明確に制限することが求められています。

 物権法は市民の財産を保護するという目的で制定され、これにかかわる規定を数多く設けましたが、内容が抽象的なため、あいまいな解釈を導いている条文も少なくありません。また、規定にもとづいて執行すべき手続きの部分を行政法規にゆだねているにもかかわらず、それらが立法されていないという問題も残されています。不動産の収用もまさにそのような問題のひとつですが、物権法によって覚醒された市民の権利意識が、社会的な騒動を引き起こす根底にあるため、法律を整備して解決策を提示することは、不可避の課題となっています。「収用・立退き補償条例」は、はたして有効な解決策を提示することができるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

                                    

                                 立退きを拒む家族を「釘家族」と言いますが、これは「史上最強の釘家族」(2007年、重慶)

 

 

 

 

 

 

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