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                                  商船三井差押え事件

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   

                                                      上海海事法院

 

 

 2014年4月19日に上海市政府のホームページは、上海海事法院が同日、浙江省の港に停泊中の商船三井所有 "BAOSTEEL EMOTION”号を差押えた、と発表しました。

 これは、かつて中国に存在した中威輪船公司という会社の相続人が、1988年末にナビックスライン(株)(現在の商船三井)を相手に起こした訴訟の判決が、いまだに執行されていないため、その執行を促すためにとられた措置、ということです。

 

・裁判の経緯

 裁判のもとになった紛争は、1936年に大同海運(商船三井の前身の1社)が、中国の中威輪船公司と結んだ傭船契約が発端となっています。大同海運が借りた2隻の船はその後、日本軍に徴用され、戦争のなかで相次いで沈没しました。訴訟は、中威輪船公司代表人の相続人が提起したものです。

 中国での訴訟は1988年に上海海事法院(=中級法院)に提起されてから、中国の裁判としてはほとんど例のない20年という長い年月を経て、2007年12月に、商船三井に対し賠償金1.9億元を支払うようにとの判決が下されました。

 商船三井側はこれを不服として、上海高級人民法院に控訴しましたが、2010年8月に原判決維持の判決が下され、2審制の中国ではこれで判決が確定しました。

 しかし、商船三井は同年12月に最高人民法院に対して再審請求したのですが、これも翌年1月に却下されてしまいました。

 これを受けて、上海海事法院は2011年12月に、商船三井に対し「執行通知書」を出しています。

 この差押え事件については、最近中国で相次いで提出された、強制連行された労働者による賠償問題などとの関係で、日本に対する戦後賠償について中国政府の姿勢の変化が注目されているようです。

 その一方、中国外交部の秦剛報道局長は21日の記者会見で、本件は戦後賠償とは関係のない民事事件である、との見解を示しています。

 この裁判については、1986年に制定された民法通則が、ちょっと想像のできない、しかし非常に重要な役割を果たしているのですが、以下にその問題について説明します。

 

・民法通則と訴訟時効

  民法通則は1986年に、中華人民共和国成立以来はじめての民法として制定されました。同法は訴訟時効については原則として2年と定める(第135条)と同時に、「訴訟時効の期間は、権利の侵害を知るか、知るべきであった時から起算する」(第137条)と規定しています。

 このような規定は、年数などは違っても、おおむねどの国の法律にも規定されており、東京地方裁判所に提起された本件訴訟は、消滅時効を理由に却下されています。

 それではなぜ中国では、本件訴訟が受理されたのでしょうか。

 最高人民法院は民法通則の施行に合わせ、1988年に「民法通則を貫徹執行するためのいくつかの問題についての意見(試行)」という司法解釈を公布していますが、そのなかで、訴訟時効の計算方法につき、民法通則施行前に権利の侵害を知るか、知るべきであったものについて、民法通則施行後に人民法院に訴訟を提起する場合の時効期間は、1987年1月1日(民法通則の施行日)から起算する、と規定しました。

 つまり、民法通則は建国以来はじめて制定された民法である、という前提で、何が民事上の権利であり、言い換えれば、何が権利侵害行為であるかは、同法制定によってはじめて確定され、知りうることができた、という解釈になっているわけです。

 本件訴訟は、1988年12月30日という、まさに期限切れ寸前に提起されており、民法通則施行から2年間だけ存在した、特殊な訴訟時効についての解釈が適用された稀少な事例、ということができます。

 本件原告も、1964年には日本政府を相手に損害賠償請求を東京地方裁判所に提起していますが、これは原告が所有し、大同海運が借りていた船舶2隻を、日本軍が徴用したことに対する賠償請求です。

 しかし本件は、傭船契約を締結した大同海運を相手とする、債務不履行などにかかわる損害賠償請求になっており、民法通則の規定に合わせた訴訟になっています。

  したがって、今回の差押えについてのニュースに触発されて、同様の訴訟が提起されるという可能性はまったくない、ということも明らかです。

 

 

 

 

 

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