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            中国憲法に人権は“なぜ”1条しか規定がないのでしょう

 

 

 

1.市民の基本的権利

  中国憲法には、人権についての規定が1条しかないわけではありません。

  確かに、「人権」という2文字は第33条に1ヵ所しか出てきませんが、それは中国憲法が、もともと「人権」という言葉の代わりに、これを「市民の基本的権利」という言葉で表現していたからです。  

  中国の憲法は1954年にはじめて制定されて以来、75年、78年、82年に全面改正されてきました。現行の憲法はしたがって1982年に制定された4番目の憲法ということになりますが、それぞれに内容の違いはあるものの、これらはすべて社会主義型の憲法として成立しています。

  社会主義型の憲法は、労働者、農民を権力の主体と位置づけています。これに対し、資本主義型の憲法は、資本家を権力の主体としているので、労働者、農民の権利は本当には守られていないと、みなしています。つまり、資本主義型の憲法が規定する「人権」は、にせものの権利であるというわけです。そこでわざわざ「人権」という概念を否定し、これを「市民の基本的権利」と呼び代えたのです。

  したがって、中国憲法第2章は「市民の基本的権利」について規定していますが、これ全体が「人権」の規定に相当する部分ということになります。

 

2.なぜ「人権」についての規定が追加されたのか

  しかし、最初の疑問にあるように、中国憲法には1ヵ所だけ、「人権」を規定している条文(第33条)があります。どうしてここには、「人権」が使われているのでしょうか。

  この条文は2004年の修正の際に追加された部分ですが、その理由を説明するには、1991年まで話を戻さなければなりません。

  改革・開放政策は、政治改革=民主化も改革の課題のひとつと位置づけていたので、民衆のあいだには民主化要求運動が広まっていきました。政府は民主化要求運動の過激な部分には、時に厳しい弾圧を加えたため、西側先進諸国からしばしば、人権を抑圧する行為として非難されました。そうした批判が外交上のカードとしても使われたため、これを人権外交と呼び、中国政府は内政干渉として相手にしない態度をとっていました。

  この人権外交が脚光を浴びたのは、1989年の天安門事件のときです。6月4日に天安門広場で民主化を求める民衆が、解放軍に弾圧されたことを受け、米国をはじめとする西側先進諸国は人権批判を強め、中国に対する経済制裁に踏み切りました。

  そうしたなか中国政府は、1991年に突如「人権白書」〔中国的人権情況〕を公表し、「人権」を普遍的な概念として認めたうえ、人権批判への反論に踏み切りました。この時から中国では、それまでの「市民の基本的権利」概念に代えて、「人権」概念が広く使われるようになったのです。中国と中国法にとって、これは歴史的な転換であったわけですが、それは、この時すでに中国が、WTOへの加盟を視野に入れていたため、実現したものだったのです。

  その後、2001年にWTO加盟を実現した中国は、市場経済化、グローバル化へ向けた改革を進めるため、物権法の起草に着手し、2004年には憲法を一部改正して、私有財産の保護を規定(第13条)すると同時に、「人権」についても新たな規定を設けたのです。    

 

3.人権問題の解決

  中国が「人権」概念を認めたことにより、人権問題は解決の方向に向かっているのでしょうか。

  まず、憲法上の問題として解決しなければならないのは、「市民の基本的権利」概念と「人権」概念のいずれをとるのか、という点です。上に述べたように、現在の条文では、前者の条文がそのまま残ったところに、後者の条文が1条だけ追加されたかたちになっています。理論的にいえば、これはどちらかに統一されなければなりません。おそらく近い将来、「人権」に統一されることになるのでしょうが、それがいつになるか、非常に注目されるところです。

  次に、人権抑圧の問題を引き起こしている大半の案件は、公安機関による恣意的な人身の拘束が原因となっています。公安機関は労働矯正〔労働教養〕などいくつかの法的措置を利用して、人身の拘束を行うことが可能とされていますが、これらの措置については、いずれも根拠となる法律が制定されておらず、多くは国務院や公安機関自身が定めた法令、規則によって運用されているのが実態です。これらの法的措置については、中国国内でも厳しい批判があり、一部の行政措置は廃止されたり、法令が改正されたりしました。しかし、もっとも問題視されている労働矯正についてさえ、いまだに法律が制定されていないところに、この問題の根深さと解決の難しさが象徴されているように思われます。

 

 

 

 

 

 

 

                                                

                                               中国で初めて開催された中国人権展(北京民族文化宮 2006年)

 

 

 

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